カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:バルセロナ「大人社会に。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/03/14 00:00

From:バルセロナ「大人社会に。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

カンプノウでのバルサ対レアル戦。

いつもの「クラシコ」と比べてファンに勢いがない。

だがそれは健全な、あるべき姿と思えるのだ。

 試合開始までまだ2時間もあるのに、僕はすでにカンプノウの記者席に座っている。現在の時刻は20時。つまり試合は22時にスタートする。こんなに遅い時間に試合を始める国は、スペインの他にはない。夜が早いドイツやオランダの人たちは、チャンピオンズリーグのキックオフ時刻(20時45分)でさえ「遅すぎるからもう少し早い時刻に変更してくれ」と不満を漏らしているほどだ。日本の常識もそれに近い。通常の開始時間は19時。テレビ中継の関係で、19時20分になることもよくあるが、それでもスペインから見れば、早すぎる時刻と言わざるを得ない。

 僕の性にはスペインの習慣の方が合っている。典型的な夜型人間だから。それもそうだが、世の中の現実に照らしても、19時はいささか早すぎると思う。土日はともかく平日に、会場に駆けつけることができる社会人は、どれほどいるだろうか。「さいたま」や「横浜国際」で行われる場合は、会社を定時に引き上げても難しいだろう。せめて20時にしてくださいよ。カンプノウの記者席に腰を下ろした僕は、とりあえず、そんなことを考えてしまった。日本のプロ野球は、20時頃スタジアムに行けば、4回ぐらいを迎えている。観戦を始めるには、ちょうど良い頃合いだ。そのうえ、野球場はサッカー場に比べて、概して交通の便の良い場所にある。

 日本のサッカーは子供たちを大切にしているから……。どこからともなく聞こえてくるそうした声には、そろそろ大人の娯楽に脱皮を図るころじゃないですかと反論したくなる。

 そうこうしている間に、スタンドには観客がぽつぽつと入場してきた。といっても9万8千人収容のスタンドは静かなものだ。スペインきってのビッグマッチが始まるムードは、まだまだしない。

 バルセロナとレアル・マドリーは、ともにチャンピオンズリーグでベスト8入りを逃した。バルサはリバプールに、マドリーはバイエルンにアウェーゴールの差で敗れ、涙をのんだ。今回の「クラシコ」は、いわば負け犬同士の戦いになる。カペッロに至っては、この試合に敗れれば、監督のクビが危ないとまで言われている。強者の宿命と言えばそれまでだが、そこが両チームの問題点でもある。外野の声がうるさすぎる。うるさい系に属する僕がそう思うのだから、これは相当なものだ。

 ここにいると、日本がとても平和な国に映る。メディアは常に好意的だ。うるさすぎるのも良くないが、平和すぎるのも良くない。平和すぎる国に在住する僕は、そうしたトータルのバランスを考えて、あえてうるさそうに振る舞っているのである。僕がスペイン人なら、穏健派に属すること間違いなしだ。

 観客は予想以上に急ピッチの速さで、スタンドを埋めている。クラシコという大一番のせいだろう。出足はやっぱり、いつもより早い。通常は、それなりの大一番であっても、15分前で6〜7割がせいぜい。座席が完全に埋まるのは、開始して15分近くが経過した頃になる。遅刻者がカンプノウほど多いスタジアムも珍しい。

 スタンドから沸き起こる歓声もまた少ない。そもそも応援団そのものがいないのだ。思いのほか暢気な様子で、隣の人とわいわいがやがや世間話らしき話題に興じている。スポーツの現場というより、集会場のようにさえ見える。そのうえ若い人より、お年寄りの方が断然多そうである。平均年齢は40歳を超えているのではないだろうか。完全なる大人社会だ。子供を大切にしている日本のサッカー場とは、雰囲気はまるで違う。

 今週の火曜日に、バルサがチャンピオンズリーグのアウェー戦を戦ったリバプールのホームとも、これまたまったく異なる趣だ。アンフィールドはうるさい。チャンピオンズリーグ常連組の中では、ダントツのナンバーワン。戦力を2割ぐらい押し上げるパワーを秘めている。彼らがいなければ、リバプールはきっとバルサに敗れていたに違いない。

 対照的だったのが、現地まで駆けつけたバルササポーターだ。5千人ほどはいたはずだが、存在感は無に等しかった。リバプールサポーターのもの凄いボルテージに、萎縮したわけではないと思う。普段通りの姿を披露したはずだ。静かな普段の姿を。

 その点、サンシーロに乗り込んだセルティックサポーターは恐ろしいほどのボルテージだった。1万8千人というその数にも驚かされたが、応援にはもっと驚かされた。そのパワーこそが、試合を延長にもつれ込ませた最大の原因だ。リバプールを2割り増しとすれば、こちらは3割り増し。いやそれ以上だ。彼らの声援は、確実に選手の背中を押していた。

 しかし例外もある。中村俊輔だ。彼の足だけはいくら声援を浴びても動かなかった。静かな、極めて静かなプレイに終始した。それではセルティックサポーターに申し訳が立たないんじゃないのと忠告したくなるほど、頑張りの利かないプレイに終始した。

 試合開始まであと5分。カンプノウは立錐の余地のない満員に膨れあがった。そしてバルサのテーマソングが、場内にけたたましく流れると、9万8千の観衆は「バルサ!バルサ!バルサ!」と、一斉に合唱を始めた。スタンドには鮮やかな人文字も描かれた。だが表情は、どこか寂しげだ。いつものクラシコに比べると、パワー不足の感は否めない。もっとも、バルサの置かれたいまの状況を考えると、この方が変に元気でいるよりよっぽど普通というか健康的で、好感が持てる。

 そもそも、僕はけっしてうるさくないカンプノウのムードそのものに親近感を感じる。飛び跳ねて歌を歌う前にまず見る。しっかりピッチに目を凝らす。日本人のメンタリティも、本来これに近いと思うのだが……。

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