今週のベッカムBACK NUMBER
“レアル・マドリー贔屓”の真相。
text by
木村浩嗣Hirotsugu Kimura
photograph byGetty Images/AFLO
posted2004/04/22 00:00
「ああして! ああして! ああして! レアル・マドリーは勝つ!(Asi, Asi, Asi gana el Madrid)」。
アトレティコ・デ・マドリーのホーム、ビセンテカルデロンとバレンシアのホーム、メスタージャで、同じシュプレヒコールが鳴り響き、レアル・マドリーはマドリッドダービーに勝利し、首位バレンシアと勝ち点で並んだ。
「ああして」とは、どういうことか? 「審判のジャッジに助けられて」ということだ。
対アトレティコ戦の決勝点となった2点目のプレーには、レアル・マドリーの2つのファウルがあった。1つ目は、ラウールがキーパーを押したこと。2つ目はヘディングシュートを決めたエルゲラがオフサイドだったことだ。いずれも主審も線審も見逃してしまった。とはいえ、これは映像をスロー再生して明らかになったことであり、この程度のミスは毎週どこかで起こっている。大騒ぎするのは、レアル・マドリー寄りのミスジャッジだったからだ。
「レアル・マドリーが審判に贔屓されている」という噂は、まるで都市伝説のようだ。誰も証明した者はいないが、確かに存在するとスペインでは広く信じられている。
フランコ独裁時代には、独裁者に寵愛されたレアル・マドリーはジャッジ面でも優遇されていた、という(これにも証拠は無い)。が、フランコは29年前に死んだ。先日の総選挙で左派の社会労働者党が8年ぶりに政権を奪回。レアル・マドリーは“政府のチーム”ですらなくなったが(前首相アスナールはフロレンティーノ会長の友人。新首相サパテーロはバルセロナファンだ)、噂は消えそうもない。
同じビッグクラブでも、「ああして! バルセロナは勝つ!」というのは、聞いたことがない。審判に贔屓されるのは、レアル・マドリーと相場が決まっているのだ。
噂には尾ひれが付き、「レアル・マドリーのライバルには不利な判定がされる」という陰謀めいたものになっている。
レアル・マドリー勝利の翌日、微妙なペナルティーの判定に泣いたバレンシアはレアル・ソシエダと引き分けた。2月15日にベルナベウスタジアムで行われたレアル・マドリーとの直接対決では、ロスタイムまで1点リードしながら、ラウールのダイブにペナルティーの笛が吹かれて引き分け。あれも明らかなミスジャッジだった。メスタージャを埋めた観衆から、「ああして! ああして! ああして! レアル・マドリーは勝つ!」というコールが起きたのも、そんな背景があるからだ。
華やかなリーガエスパニョーラの裏には、黒い陰謀が潜んでいるのか?
バレンシアファンはそう思い込んでいるかもしれないが、むろん、そんなものがあるわけない。
もし“レアル・マドリー贔屓”があるとすれば、陰謀などではなく、もっと別の説明ができる、と私は思う。
1つは、巨大クラブ、スター集団、大金持ちのレアル・マドリーへの反感。
あの広大なグラウンドを、線審を含めたった3人でカバーせねばならず、オフサイドというやっかいなルールのあるサッカーでは、ミスジャッジは日常茶飯事とすら言える。その中で、レアル・マドリー戦でなされたものは強調され、誇張される。レアル・マドリーがスポーツ面でもビジネス面でも強者であり、羨望と嫉妬の対象であるからだ。要は、勝つだけでも気に食わないのに、その上審判に助けられるとは不公平ではないか、という心情的な反発だ。
もう1つは、レアル・マドリーが、世界有数のテクニシャンを集めたチームであることと関係がある。
テクニックのある選手はファウルを犯さない。足を引っ掛け、突き倒し、シャツを引っ張るのは、正当なプレーで相手を止める技術がないからだ。テクニシャンをそろえたレアル・マドリーは、ファウルを「する」チームではなく、「される」チーム、クリーンなイメージのあるチームだ。実際、このアトレティコ・デ・マドリーとの試合では、レアル・マドリーは犯した反則17の倍、34の反則を受けている。
かつてプロ野球に“王ボール”と呼ばれるものがあった。王貞治選手のような選球眼のいい選手が平然と見送ったボールを、審判は「ストライク!」とコールするのをためらった、という。
“ 王ボール”があるのなら、“ジダンファウル”や“ベッカムファウル”だってありそうなものだ。反則をしないクリーンなチーム、そのテクニシャンたちが倒れたり、ボールを奪われたりすれば、「ダイブではないだろう」「反則があるはずだ」という先入観を抱くのが自然だ。そういう思い込みが、無意識にレアル・マドリー有利のファウルの笛を吹かせていることは、ありそうな気がする。
いずれにせよ、レアル・マドリーはファウルを受ける回数が多く、自然にミスジャッジの恩恵を受ける可能性が高くなる。有利な判定をされようものなら、大きなニュースになる――これが“レアル・マドリー贔屓”の真相だと思うが、どうだろう?
それにしても、ラウールの狡猾さはどうだ。
バレンシア戦でのダイブ、今回のプッシング。いずれもリーグタイトルの行方を左右する重要なプレーだった。こういう狡さを“マリーシア”と呼んで褒める人、奨励する人さえいるが、私にはどうも後味が悪い。どんな試合でも最後まで足を止めず、必死にプレーするラウールは素晴らしい選手だが、この点には疑問符を付けたい。もちろん、ラウールだけではなく、バレンシアにもアトレティコ・デ・マドリーにも、スペインではどのチームにも同様のプレーをする選手がいる。お互い様だからはびこるのだ。
そんな中、ベッカムはやはり清々しい。
決勝点が入ったときの邪気の無い笑顔は、直前のラウールのブラックな反則を忘れさせてくれそうだった。アトレティコの選手にポニーテールを引っ張られても、下腹部を蹴られても怒らず、不倫騒動でナーバスになっている様子もなかった。先週、レアル・マドリーは一部ファンとのトラブルを避け、ムルシアでミニ合宿をしたが、そこでも最も長時間ファンにサインしていたのはベッカムだった、という報道もあった。
プレミアリーグに見習おう――そんなお題目とは裏腹に、ダイブが卑怯でみっともないプレーとされ、相手チームにも拍手する寛大なファンがいるプレミアリーグから、スペインリーグが学んでいるものは少ない。
残り5試合で2チームが首位に並ぶ、という数少ない激戦のリーグで、プレーよりもジャッジが話題になるのは、やはり寂しい。