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佐藤琢磨 グランプリに挑む Round 6 モナコGP
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta
posted2004/06/01 00:00
(ああ、ダメなのかな……)
高揚のすぐ後に落胆が来た。
バリチェロ、ライコネン、シューマッハーを一閃斬り捨て、7位から一気に4位までジャンプした鬼気あふれるスタートから数秒後、佐藤琢磨のエンジンからオイルスモークらしい白煙が間歇的に噴き出し始めたのだ。
エンジンのオイル・スモークは決していい兆候とはいえないが、必ずしもトラブルに直結するとは限らない。スタート前に多目に入れ過ぎた場合、レース序盤に若干オーバーフローする。が、その量は少しずつ減って、しばらくすると見えなくなるのが普通だ。
だが、いま琢磨のエンジンから噴出す白煙は少しずつ多くなっているし、前のバトンからは離され、直後に迫るライコネンの追い上げに防戦いっぽう。エンジンのパフォーマンスが急激に落ちてきているのかもしれない。
幕切れは早かった。3周目のタバコ屋(がかつてあった)コーナーで左側排気管からまるで煙幕のような白煙がたなびき、そこら一面視界不良になるほど。止まる寸前までスピードを落としていたクルサードにフィジケラが追突してもんどりうち、逆さまになってガードレール付近にマシンの腹を見せるアクシデントが発生した。
幸いフィジケラの身体に別状はなかったが、あれが十数秒早くトンネルの中での出来事となっていたらと想像すると、身が凍るようなトラブルではあった。
佐藤琢磨はもちろんその場でリタイア。ズバ抜けたスタートで4位を走っていただけに、悔やまれるエンジン・ブローだったが、琢磨本人のミスではなく、トラブルばかりはどうしようもない。というか、これこそが自動車スポーツの宿命なのだ。この日出走した20台のうちで、チェッカーを受けたのはたった9台しかいなかった。
琢磨のチームメイトのバトンは2位で、開幕以来6戦連続入賞。かたや琢磨は3回目のエンジン・ブローである。
「悔しい! ジェンソンが2位になったのだからボクにも表彰台のチャンスがあったわけで、怒りを抑えきれない。でも、こうなってしまったらしょうがない」
レース後の琢磨は怒りと諦念の表情を同居させていた。
エンジンがブローアップしたのは、スタートがやり直しになってフォーメイションラップが2回あったのが引き金で、グリッドに停まっている間にオーバーヒートを起こしてしまい、それが直接的原因という。しかし、同じ状況にあったバトンのエンジンはブローしないどころか終盤には勝ったトゥルーリを追い詰めるところまで行ったのだから、琢磨本人ばかりか見ているファンも「怒りを抑えきれない」のが正直なところ。
とはいえ、挽回のチャンスは1週間後のニュルブルクリンクですぐやって来る。
月並みな言い方かもしれぬが、琢磨はいま産みの苦しみを味わっているところなのだ。ものごとがいったんうまく回転し始めると、ピタッとメカニカル・トラブルが止まったりするのがF1の世界である。今シーズンはまだこのモナコで3分の1を消化したばかり。
いまやシルバーコレクターと名付けたいバトンでさえ今年の開幕戦まで表彰台にありつけず、4年間・66戦も足踏みが続いたのだ。いや、バトンの苦労など序の口。このモナコで初優勝したトゥルーリを見よ。7年間・116戦も勝利の美酒を味わえなかった。
落胆の後に高揚がきっと来る。それが次のニュルブルクリンクかもしれない。だから佐藤琢磨のすべてのレースを"追っかけ"て、今日もヨーロッパの旅の空である。