MLB Column from USABACK NUMBER
「逆シングルは邪道」の嘘
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2005/12/19 00:00
今季のプレーオフの成績が、チームの守備力・投手力に相関したことは11月7日付の本欄『勝利の方程式』で論じたが、守備力・投手力の重要さを象徴した試合が、ホワイトソックスが88年ぶりの優勝を決めたワールドシリーズ第4戦だった。
1対0でホワイトソックスが勝ったこの試合、随所に守備の好プレーが続出したが、特に、私が舌を巻いたのが、ホワイトソックスの遊撃手、フアン・ユリベの守備だった。8回表にホワイトソックスが待望の先取点を上げた後、最後のアウト6つのうち、4つをユリベが取ったのだが、とりわけ、最後のアウト2つは圧巻だった。一つめは9回裏1死二塁、一打同点の場面で、ファウルフライをスタンドに飛び込んで捕球、二つめ(そして最後のアウト)は、バウンドして投手の頭を越えたゴロを、素早い送球で間一髪一塁アウトにしたのだった。
この2つのアウト、最初のファウルフライは「グラブが届いたのが不思議」という超ファインプレー、取れなかったとしてもエラーをつけることが不可能なプレーだった。また、最後のプレーにしても、仮に送球がわずかに遅れ内野安打となったとしても、明瞭な暴投でない限り、エラーをつけることはできなかっただろう。
というわけで、ユリベがワールドシリーズ優勝を決めたアウト2つを取っていなかったとしても、これまでのエラー数に基づく守備力評価法では、「守備機会ゼロ(=球にさわらなかったのと同じ)」という評価になるのだが、何が言いたいかというと、「エラー数」という「減点法」による評価では、どんなに素晴らしいファインプレーでアウトを稼いだとしても、その功績が絶対に反映されないということである。だからこそ、アウトを取ることの価値を反映させる「得点法」で守備力を評価しようと、ここ3回紹介してきた「守備効率」や「アウト寄与率」などの新たな評価方法が考案されたのである。
さて、話をワールドシリーズのユリベの守備に戻すが、私が特に感嘆したのは、8回裏2死一・三塁の場面での、遊ゴロ処理だった。投手の横を抜けたボテボテのゴロを、前進後逆シングルで捕球したのだが、突然の打球の変化に咄嗟に反応して逆シングルになったというのではなく、あらかじめ体を打球の左側に持っていくなど、始めから逆シングルでの処理を計画した「確信犯」の守備だった。「正面の打球をわざわざ逆シングルで捕るなんて…」と、日本の頭の堅い野球解説者だったら、カンカンに怒っていたのではないだろうか。
私が、ユリベの逆シングルを見ながらこんなことを思ったのも、実は、昨年、「松井稼頭央のエラーが多いのは、日本で、『逆シングルは邪道。打球は正面で処理するのが正しい』という教育を受けてきたせいだ」という仮説が当地で唱えられたことがあるからだ。「天然芝やメジャーのスピードに対応するには日本時代よりも素早い動きが必要なのに、逆シングルではなく、正面に回り込んで打球を処理するから1テンポ遅れる。遅れる分慌てるから暴投が増えた」というのである。
この仮説が正しいかどうかはさておき、「逆シングルは邪道」とするのは、日本の野球人の専売特許ではなく、アメリカにも同じことを教えるコーチは多いようである。たとえば、今季、カージナルスに移籍したデイビッド・エックスタイン遊撃手も、「逆シングルは邪道」と教えられて育ったという。しかし、今季は、「守備範囲を広げるためには逆シングルをマスターしないとだめだ」と、コーチのホセ・オクエンドに説得され、キャンプからずっと、毎日逆シングルの特訓に明け暮れたのである。
逆シングルをマスターしたエックスタインの守備が今季どれだけ向上したかを図に示したが、昨季、3.83とアリーグ遊撃手中最悪だった「アウト寄与率」が、今季は5.11とナ・リーグ2位に躍進、「名手」の仲間入りを果たしたのだった。逆シングルをマスターした途端に、毎試合稼ぐアウトの数が1個以上増えるという凄まじいご利益をあげたのだが、私が「逆シングルは邪道などではない」と言う理由がおわかりいただけようか。