MLB Column from USABACK NUMBER

ネット裏のポロッ、ポロッ 

text by

李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGettyimages/AFLO

posted2004/09/22 00:00

ネット裏のポロッ、ポロッ<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 私は、医師/科学者として、ずっと観察眼を鍛えるトレーニングを受けてきた。医師としては、患者の一挙手一投足は言うに及ばず、その表情・口調などにも常に気を配り、患者から発せられる情報は何一つ見逃してはならないとしつけられてきたし、科学者としては、どんなに些細に見える「偏り」であっても、仮説との「矛盾」を実験データに見出したら、「矛盾」の原因を追究することを義務づけられてきた。

 そんな経歴の持ち主なので、私の場合、テレビで野球を見ていても、試合の流れとは関係のないところに、つい、「鋭い(?)」観察眼が及んでしまうという悪い癖がある。特に、テレビの映像はセンターから本塁を映すアングルがほとんどなので、ややもすると、試合そっちのけで、ネット裏で起こるできごとに注意を奪われてしまう傾向がある。

 たとえば、トロントはスカイドームでのブルージェイス戦だ。スカイドームでは、ネット裏最前列の特等席でウェイトレスが客の席まで注文ドリンクを配達するという特別サービスをしているのだが、テレビに映るこのウェイトレスが、いずれも、若くてスタイルもよい美女らしいので、つい、気が散ってしまうのである。

 「らしい」と書いたが、テレビカメラは決してウェイトレスを「アップ」で映すことはないので、とびきりスタイルがよいことは十分過ぎるほどわかっても、実際にはどれだけ若くて、どれだけ美しいかが、分かったためしがないからである。分かったためしがないので、よけい「本当はどれだけ美しい人なのだろう、アップで写して欲しいな」と、気になってしよううがないのである。

 ただ、これまでの「観察」から、「ウェイトレスが打者やアンパイアの影に立つことは極めて稀」という「結果」を得ているので、「彼女たちはカメラ・アングルを考えた上で、テレビに一番よく映る位置を選んで立っているに違いない」というのが私の「考察」である。

 「ネット裏ポロッ、ポロッ」事件が起こったのは、9月3日、フェンウェイ・パークでのことだったが、大リーグ史上初めてと言われる「ポロッ、ポロッ」事件を引き起こしたのも、テレビにどう映るかを熟慮したネット裏最前列の観客の仕業だった。

 ワイルドカード争いをするレンジャースとレッドソックスが戦ったこの試合、2対0とレッドソックスがリードした9回表、抑えのキース・フォルクが2死を取って「あと一人」となったところで、恒例通り、観客が総立ちとなった。ネット裏最前列に立った観客の中に、携帯を右手に持った若い女性がいたが、この女性、カウントが2ストライク1ボールとなったところで、突然、着ていたタンクトップの襟口を左手でつかむとぐいと押し下げ、惜しげもなく「ポロッ」と体の一部をさらけ出したのである。

 「ポロッ」の後も、彼女は携帯で話し続けたが、どうやら電話の相手はテレビ画面での写り具合を彼女に伝えていたようである。電話相手が「一度だけでは満足できない」と言ったのだろうか、彼女は、「じゃ、もう一度ね」と言いでもするかのように、再度「ポロッ」に及んだのだった。

 今年は、スーパーボールのハーフタイム・ショーでジャネット・ジャクソンが「ポロッ」とやった事件が大問題になったばかりで、どこのテレビ局もこの種の事件には非常に神経質になっているのだが、フェンウェイの「ポロッ、ポロッ」事件はあまり問題にならなかった。というのも、世の中、観察眼の鋭い人はそれほど多くないようで、テレビを見ていたほとんどの視聴者はまったく気がつかなかったからである。しかし、私の「鋭い」観察眼には、日焼けした部分と日焼けしていない部分の肌の色の違いが、くっきりと焼き付いたのだった。

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