Column from EnglandBACK NUMBER
再燃したフーリガン報道の
背景にあるもの。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byGetty Images/AFLO
posted2007/04/26 00:00
レプリカ・ユニフォームや、クラブの紋章付きの上着に染み付いた血痕。4月第1週、チャンピオンズリーグ(ローマ対マンチェスター・ユナイテッド)と、UEFAカップ(セビージャ対トットナム)のアウェーゲームで発生したイングランド絡みの暴力事件は、生々しい映像と共に「暗黒時代の再来か?」と報じられた。
基本的にイギリス国内では、どちらの試合も「現地警察の過剰な反応が原因」とする意見が大半を占めている。これは海外で問題が起こる度に相手のせいにする悪い癖だが、同国に住むサッカー・ファンとしては、欧州諸国が実施している過剰なまでの警備体制にも目をつぶるわけにはいかない。“イングランド人サポーター=フーリガン”という先入観が、地元警察による理不尽な対応を招いている側面があるからだ。
ローマのホーム、オリンピコ・スタジアムで行われた一戦では、罵声と物が両軍サポーターの間で双方向に飛び交っていた。喧嘩は両成敗のはずだ。ところが、ローマ側に配置されていたのは通常の警備スタッフだけだったのに対して、ユナイテッド側のスタンドには武装警官隊が陣取っていた。この結果ユナイテッド・ファンは警棒の餌食となり、最終的には11名が病院送りとなった。イングランドのメディアが、「ローマの受入れ姿勢は、“hospitality(歓待)”ではなく“hospitalising(入院)”だった」と、書き立てたのも無理はない。
その翌日に起こったセビージャでの一件も同様だ。トットナムのマルティン・ヨル監督は、帰国後、次のようなエピソードを紹介している。
「チームバスの近くで写真を撮ろうとしただけのファンにまで、警官隊は警棒を振りかざした。信じ難い光景だった。我々は歯を折られたファンを、控え室に運び込み手当てをしてやらなければならなかった」
スペインでの“被害例”としては、4年前のUEFAカップで、セルティックがセルタを訪れた際の事件もよく知られている。チャントを歌いながらスタジアムへと向かうセルティック・ファンに対し警備隊が武力を行使したのだが、警棒で殴られた無実のファンの中にはクラブ会長の御曹司も含まれていた。
たしかに言葉の問題もあるだろう。海外の警察にすれば、イギリス人がわけの分からない叫び声をあげながら大挙して押し寄せてくれば、「早めに手を打たなければ」という意識に駆られてしまうのかもしれない。だがファン心理の根底にあるのは、アウェーでの1日を最大限に楽しみたいという素朴な発想だ。彼らにとっては、スタジアムでの90分間だけではなく、移動も含めた全行程が一つのイベント(祝祭)になる。であればこそ、武装警官に囲まれながら1日中過ごしたいなどとはなおさら思わない。
筆者も、『チェルシー・トレイン』なるものに乗って、アウェーゲームに足を運んだことがある。ロンドン発の列車は、乗客全員がチェルシー・サポーターだ。終着駅のプラットフォームには制服姿の警察がずらりと並んでいる。一瞬、護送車に乗せられた犯罪者のような錯覚を覚えるが、イングランドの警察はファンの扱いに慣れている。同一カラーに身を包んだ集団が大声で歌いながら行進しても、過剰に反応したりはしない。
たとえば4月半ばのトットナム対チェルシー戦(FAカップ準決勝)では、酔ったファンがフランク・ランパードに襲い掛かろうとする一幕が見られた。ピッチへの乱入を許したことは大問題だが、警備スタッフはこのファンを冷静に取り押さえただけだった。逆に警棒で叩きのめしていたならば、「仲間がやられている」というサポーターの群集心理を刺激し、収集のつかない事態に発展していたのではないだろうか。アルコールの影響と同じく、「相手が武装している」という意識は、不必要な暴力を誘発することもある。
今年のチャンピオンズリーグ決勝がプレミアシップ勢同士の対決となれば、イングランドからは、優に10万人を超えるサポーターが、決勝の舞台となるアテネを訪れるだろう。UEFAは、イングランド勢の決勝進出が、フーリガンのアテネ襲来を意味するわけではないということを地元警察に徹底的に説く必要がある。フーリガンではないサポーターの一員として、“オール・イングランド”による熱戦は是非とも実現してほしいが、“イングランドのサポーター対ギリシャ警察”という流血戦だけは御免被りたい。