MLB Column from USABACK NUMBER

新人のノーヒット・ノーランを潰そうと
した「投球数警察」。 

text by

李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2007/09/05 00:00

新人のノーヒット・ノーランを潰そうとした「投球数警察」。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 9月1日、レッドソックスの新人、クレイ・バックホルツ(23歳)が、メジャー登板わずか2試合目の対オリオールズ戦でノーヒット・ノーランを達成した。カーブ、チェンジアップを完璧にコントロール、ボールが先行したカウントからでも変化球で厳しいコースを突くことで、オリオールズの打者を翻弄し続けた。

 実は、「どんなカウントであろうと、いろいろな球種をコントロールよく決めることができる」投球というのは、松坂大輔入団に際して、レッドソックスのフロントが喧伝した「持ち味」のはずだった。ところが、今季の松坂はコントロールが今ひとつ定まらず、私に言わせれば、いまだ「本来」の投球を披露するにいたっていない。バックホルツのノーヒット・ノーラン達成を見ながら、本当なら松坂が見せてくれるはずだった投球を、バックホルツに見せつけられているような気がしてならなかった。

 ところで、今回のノーヒット・ノーラン、翻弄され続けたオリオールズの打線が達成を阻む可能性よりも、「pitch-count police(投球数警察)」が睨みを利かす、レッドソックスの首脳陣が阻む可能性の方がはるかに大きかったので説明しよう。

 読者もよくご存じのように、現在のメジャーでは、投手の「投球過多」を防止することに、どのチームも非常に神経質になっている。どんな試合展開であっても、先発投手の投球数が100を超える辺りから交代のタイミングを考えるのが普通であるし、「quality start(良質な先発:6イニング以上投げた上で、自責点を3点以内に抑えること)」を達成すれば、先発投手の責任は果たされたとみなされることになっている(ちなみに、松坂の場合、quality start 17試合は、ア・リーグ11位だが、quality start 達成率は63%にとどまり、3試合に1試合以上は責任を果たしていない結果となっている。なお、数字は9月2日現在)。

 チームが投球過多に神経質になるのも、「投球過多になるほど故障の頻度が増える」というデータが存在するからに他ならないが、巨額の年俸を払っている投手に故障されてしまっては、それこそ、元も子もない。チームを経営する立場からすれば、投球過多を防ぐことには「資産を保全する」意味があるだけに、真剣にならざるを得ないのである。

 話をバックホルツのノーヒット・ノーランに戻すが、バックホルツはレッドソックスでも一番将来を嘱望されている投手であり、その「資産価値」は計り知れない。マイナーでも投球過多を防ぎながら「大切」に育ててきただけに、これまで1試合の投球数は98球が最高だった。いくらノーヒット・ノーラン達成がかかっているとはいえ、100球を超える「未知の領域」に踏み込むことは、フロントとすれば「故障で資産を失う」リスクを冒すことを意味した。

 試合中、GMのブライアン・エプスタインと監督のテリー・フランコーナの間で、バックホルツの投球過多「取り締まり」を巡る話し合いが何度か行われた。8回終了時、バックホルツの投球数は103球に達していたが、エプスタインは「責任は自分が負う。たとえ、あと一人でノーヒット・ノーラン達成という場面でも、投球数が120を超えていたら交代」と、フランコーナに厳命したという。幸い、バックホルツは115球でノーヒット・ノーランを達成、フランコーナは、「ノーヒット・ノーラン達成直前の投手を交代させる」という、これ以上はない「憎まれ役」を演ずる運命から逃れることができたのだった。

 試合後、フランコーナは「投手交代になった場合、マウンドに行く役は、ベンチ・コーチのブラッド・ミルズか、エプスタインに押しつけるつもりだった」と語ったが、ファンの反発の強さを考えれば当然だろう。「誰がマウンドに行ったにせよ、縛り首の縄を首に巻いて帰ってくることになっただろう」とは、ノーヒット・ノーラン投手の女房役を務めるのは今回が3度目という、ジェイソン・バリテク捕手の科白である。

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