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「長野以来、一番気持ち良い滑り」
上村愛子がメダルを超えて得たもの。
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph byTakuya Sugiyama/JMPA
posted2010/02/14 23:30
冬のバンクーバーは雨が多いと聞いていたが、まさかここまでとは……。
初めての五輪取材を、連日びしょ濡れになりながら続けている。ノートはふやけ、メモを取るそばから文字がにじんでいく。現場で顔を合わせるベテランのスポーツライター曰く、「雨の冬季五輪なんて聞いたことがない」。快晴とは言わないが、せめて雪にならないものだろうか。
大会2日目の2月13日、日本のメダル第1号の期待がかかったモーグル女子の取材に出かけた。結果は、上村愛子の4位が最高で、村田愛里咲8位、伊藤みき12位。転倒が響いた里谷多英は19位に終わった。日本の女子モーグル陣は、トリノに続いてあと一歩のところでメダル獲得はならなかった。
モーグル競技史上、最悪のコンディションが選手たちを襲う。
予選のときに小雨程度だった天気は、19時半の決勝スタートのころには大粒の雨に変わっていた。夜の冷え込みもあり、コースの状況は刻一刻と悪化していく。テレビの映像では分かりにくかったようだが、サイプレスにあるモーグル会場は文字どおりの「どしゃ降り」だったのだ。
それは、紛れもなくモーグル競技史上、最悪のコンディションであった。
この悪天候は4年に1度の大舞台に深刻な影を落としていた。決勝では後半ほど有力選手が控えていたのだが、大会が進んでいくほど雨は激しさを増していき、普段ではありえないミスをメダル候補の選手たちが次々と犯していくこととなった。
メダルのプレッシャーの下、果敢な滑りを貫いた上村愛子。
上村愛子は、日本人メダル第1号というあまりにも大きな期待をかけられながらも、それを「応援」という力に変え、あの酷い状況下で最高の滑りをしたと思う。
しかし、アメリカ代表のハナ・カーニーと地元カナダ代表のジェニファー・ハイルの2人の選手の内容が、それを上回った。どんな状況下でも100パーセントに近い力を発揮できる選手こそが、五輪のメダリストとなる資格を持つ、ということなのだろう。
2人の選手の滑りを残し、上村が銀メダルの位置のシートに座って待機していた、時間にすればわずかな間、テレビ画面を食い入るように見ていた多くのファンは他の選手のミスを願ったことだろう。しかし、大会直後のインタビューで上村は「(他の選手が)失敗するとか、そういうのを願うのは良くないと思っていた」と語った。