MLB Column from USABACK NUMBER
ケニー・ロジャース 「不正」投球疑惑
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2006/11/06 00:00
ワールドシリーズは、さしたる盛り上がりもないまま、カージナルスの4勝1敗で終わった。一番大きな話題となったのは、タイガースのエース、ケニー・ロジャースの「不正」投球疑惑だったが、疑惑の発端は、ロジャースが先発した第2戦1回表、シリーズを中継していたFOXテレビのカメラが、ロジャースの左手の手のひらに茶色い異物が付着しているのを映し出したことだった。1回表終了後、審判は、二言・三言ロジャースと会話を交わしただけで、その手を調べることはしなかった。2回表「きれいな」手でマウンドに戻ったロジャースは、カージナルスを8回まで無失点に抑え、シリーズ唯一の勝利をタイガースにもたらした。
試合後、ロジャースの「不正」投球疑惑そのものに加えて、カージナルスのラルーサ監督が、なぜ、ロジャースの手を検査するよう厳しく要求しなかったのかという点にも議論が集中した。投手が異物をボールに付着させる行為に対しては、「即刻退場プラス10試合の出場停止」という厳しい処分が下されるのが決まりであり、もし「現行犯」でロジャースの不正をあばいていたならば、カージナルスは相手チームのエースをシリーズから完全に排除することができたはずだったのである。
ラルーサが厳しい抗議をしなかった理由については、「タイガースのリーランド監督は大の親友、喧嘩を売りたくなかった」のだという説とともに、「ロジャースが使ったのは滑り止めの松ヤニ。メジャーの投手の間では普通に行われていることであり、問題にするのは気が引けた」という説が唱えられている。
メジャー関係者の中で不正投球に一番詳しいという定評があるゲイロード・ペリーも、「ロジャースが使ったのは松ヤニ」と断言している。ペリーは、不正投球を駆使することで通算314勝を上げ殿堂入りを果たした経歴の持ち主だけに、その鑑定には信憑性がある。また、タイガースのクローザー、トッド・ジョーンズが「自分も使っている」と公言しているように、松ヤニがメジャーで広く使われていることは事実である。ただ、「見つからないように使うのが礼儀」であり、昨季はフリアン・タバレス(当時カージナルス)、今季はブレンダン・ドネリー(エンジェルス)が松ヤニを使用した現場を押さえられて処分を受けたが、「見つかる奴が悪い」というのが大方の受け止め方であった。
松ヤニ使用もそうだが、メジャーでは、一般に、他の不正行為に比べ不正投球に対して「寛容」な伝統がある。ペリーのような不正投球の「名人」が殿堂入りを許された一事にも寛容な伝統は象徴されているが、ラルーサが厳しい抗議を控えた背景には、こういった伝統も影響していたのではないだろうか。
ところで、では、なぜ不正投球に寛容な伝統があるかだが、筋肉増強剤を注射するような、密室に隠れてする行為と違って、何万もの目が注視するマウンド上で行う、「おおっぴらな行為」であることがその理由の一つではないだろうか。ペリーもそうだったが、「今日の球の変化は尋常ではない。何かボールに細工しているに違いない」とみんなが疑っても、誰も、細工の証拠を押さえることができないのである。不正投球の名人の技は、まるで、「タネがわからない手品」のように感嘆される傾向さえあるのである。
逆に、寛容な伝統の裏返しなのだろうが、不正投球が現行犯としてあばかれた事件が、野球史上の「笑い話」として語り継がれることもまれではない。たとえば、今回のワールドシリーズ中、往年の名投手ジョー・ニークロ(通算221勝204敗、享年61歳)が急死したが、ニークロも、1987年(引退する1年前)に、不正投球の現場を押さえられている。「球が変化しすぎるし、ボールに傷もついている」と、マウンドまでポケットの中味を調べに来た球審に対して、ニークロは、「ポケットにあるのは息子の写真だ。俺の子供が見たいのか」と、息子の写真を出してしらばっくれたが、結局、ヤスリを隠し持っていることがばれ、退場させられてしまったのだった。
この時、ニークロがポケットから出したのが、いま、ジャイアンツの一塁手をしているランス・ニークロ(当時8歳)の写真だったのだが、ランスは、87年に父親のジョーを退場させた審判、ティム・シーダと顔を合わせるたびに、「父が宜しくって言ってましたよ。ポケットに父の写真を持っていますが見たいですか?」と声をかけるのだそうである。