チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
負けて尚、美しくあれ。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byAFLO
posted2005/12/26 00:00
抽選の結果、決勝トーナメント1回戦でチェルシーとバルサが、昨季に続き再び一戦相まみえることになった。
昨季、チェルシーがバルサをホームで4−2で下し、通算5−4のスコアで勝ち上がりを決めた直後の話だ。試合をスタンドで観戦していたチェルシーファンのご老人は、興奮冷めやらずといった口調で僕にこういった。「こんな素晴らしい試合を見たのは生まれて初めて。チェルシーは世界で一番のチームだと思うが、バルサは2番目だ」と。この方が感動した一番の理由は、チェルシーが勝利したこともさることながら、それ以上に、試合内容そのものにあった。マイチームの勝利と名勝負を見た感動が、同時に押し寄せている様子だった。いっぽう、敗れたバルサ側の反応も、そう悪いものではなかった。よし、これからはリーガに専念しようと、ポジティブに割り切れていた。早期敗退にもチームがガタガタすることはなかった。ファンも敗戦に納得する様子だった。
話は、'98〜'99年シーズンに遡る。バルサはこの時、1次リーグをマンU、バイエルンと同じ組で戦った。トーナメントに進出できるチームは2つ。まさに死のグループだった。勝ち抜いたのは、このシーズンの決勝戦を争うことになったマンUとバイエルン。バルサは3位となり、グループリーグ落ちした。バルサが、優勝したマンUとホームで戦ったのは、その第5週だった。初戦のアウェー戦のスコアは3−3。このホーム戦も結果は3−3だった。その結果、バルサのグループリーグ突破の可能性は「他力本願」になった。
しかし「カンプ・ノウ」は意外な反応を示した。試合終了後、スタンディングオベーションの渦に包まれたのだ。スタジオでオフチューブの放送をしていた日本のテレビでは、解説者がその拍手を「嫌みでしょうか」と、言ったそうだが、現場はまるでそうではなかった。3−3の試合に酔いしれていたのだ。実際この試合は、素晴らしい内容だった。オールドトラッフォードでの3−3の試合もしかり。このシーズンのマンU対バルサは、ホームとアウェーで高次元のスペクタクルをファンに提供した。
昨季の準決勝、ミラン対PSVも印象に残る一戦だ。フィリップス・スタジアムで行われた第2戦の終了後、スタンドを満員に埋めたPSVのファンは、ミランをギリギリまで追いつめた自軍のイレブンを、スタンディングオベーションで讃えた。美しすぎる現場の光景にひどく酔いしれた記憶は、未だ鮮明に残っている。
今季の決勝トーナメント1回戦では、チェルシー対バルサはもとより、ミラン対バイエルン、アーセナル対レアル・マドリーも注目の一戦になる。リヨン対PSVも、ことによるともつれる展開になるかもしれない。チャンピオンズリーグは、接戦を経て惜敗するチームがこれから続々と誕生する。それは即、舞台から消えることを意味するのだが、その時、敗れた側にどれほどの拍手が送られるか。そうした意味での好試合、名勝負がどれほど誕生するか。
まさにそれは異文化だと僕は思う。少なくとも日本ではあまり見ることができない光景だ。勝てば歓び、負ければ泣く。勝負事の価値観は、ほぼそれ一色。結果至上主義に偏りすぎる嫌いがある。
敗れても、ファンがスタンディングオベーションする光景を日本でも早くみたいと思うのは僕だけだろうか。さしずめ2006年W杯は、その絶好の機会だ。ブックメーカーが示す日本の優勝オッズはウン百倍。遅かれ早かれいつかは負ける。「死に方」には徹底的に拘って欲しい。
僕が考えるキーワードは無欲。チェルシー対バルサも、チャレンジャーを貫いた方に勝利の女神は微笑むとみる。そして、それこそが、チャンピオンズリーグの近年の傾向に他ならないのである。