Column from SpainBACK NUMBER
“ノミ”が決めた5人抜きゴール。
text by
鈴井智彦Tomohiko Suzui
photograph byTomohiko Suzui
posted2007/04/26 00:00
ある大学サッカー部監督がグラウンドでこう叫んだ。
「おいゾウ、ワニとゴキブリ呼んでこい」
実話。すべて、選手についているあだ名である。
スペインにも、オモシロあだ名はたくさんある。とくに、たいがいのアルゼンチン人には変わったニックネームがついていて、アジャラの「ネズミ」やサビオラの「ウサギ」は基本形の動物シリーズだ。アイマールの「ピエロ」やダレッサンドロの「オタマジャクシ」の由来は髪型からだろうか。クン・アグエロの「クン」などは、日本のマンガ『わんぱく大昔クムクム』の主人公「クン」からきている。
さらに、「シラミ」と呼ばれるのはクラウディオ・ロペスで、メッシは「ノミ」だ。すばしっこいから。メッシはノミのあとに続けて「アトミック」ともつく。「ノミ原子力」。あの小さい身体と、とんでもないパワーを組合わせているのだろう。
先日、ノミくんは爆発してしまった。
「たくさん隙があったのが見えたから、ドリブルで前へ進もうとチャレンジしたんです。そしたら最後はゴールに達してしまって。あのゴールはとってもキレイでしたね」
フットボール界を震撼させたわりに、コメントはかなりのあっさり味だが、4月18日、スペイン国王杯準決勝ヘタフェ戦、前半29分、メッシの5人抜きゴールは世界を揺らした。アルゼンチンでは何度もふたりのゴール・シーンがブラウン管から流れた。そう、“ふたりの”。
翌日の練習後、記者会見でディエゴ・マラドーナを彷彿させるゴールを決めたメッシにたくさんのフラッシュがたかれた。
ドリブルのスタート地点は、86年メキシコW杯でのマラドーナの5人抜きとほとんど同じ、ハーフライン手前だった。ゴールまでの秒数も距離もボール・タッチ数もディフェンスの数までも似ていた。誰もが、ディエゴとメッシをひとつに結んだ。
いまや、気がつくと世の中にはマラドーナ2世はゴロゴロしている。アイマール、テベス、サビオラ、リケルメetc……。もちろん、メッシもエントリーされたくちだ。でも、神の子本人はどう感じているのだろうか。次々と出てくる2世について。「2世ならナポリにいる」なんて、ブラックなジョークは飛ばさないだろうけど(髪型がそっくりのディエゴの隠し子くんは、イタリアのアンダー16代表にも選出された逸材でもある)。
これは、昨年冬のことらしい。ディエゴはいった。
「アルゼンチンのフットボールのなかで、僕のポジションにつける選手を知っている。彼の名は──」
リオネル・メッシ。
マラドーナに後継者といわれた20歳のノミ。でも、バルセロナで「おい、ノミ」なんてのは、聞いたことがなかった。家族や友だちがそう呼んでいたというけれど? どちらかといえば、もうひとつの愛称「レオ」のほうが一歩リードしている。
ノミ。広辞苑では「完全変態」と出てくる。成体になるまで、時期によって異なる形をとる昆虫に当たる、らしい。卵→オタマジャクシ→カエル。ケムシ→チョウチョ。ふむ。ならば、メッシの成長記録も変態だ。どヘンタイだ。
マラドーナそっくりのゴールを決めたし、レアル・マドリー戦ではハットトリックを達成した。バルサのリーガ最年少ゴールやアルゼンチン代表のワールドカップ最年少ゴールを記録してきたのもひとつのエピソードだ。そもそも、背が低かった少年時代にホルモンの量が少なく成長が遅れる病気だったことを思えば、考えられないスピードで育っている。
振り返れば13歳のとき、メッシの才能に惚れたレシャックは「30秒で契約した」という。もしあのとき、元バルサの指揮官が違った判断をくだしていたら、メッシは純白のユニホームを身につけていたかもしれなかった。
メッシはいう。
「あのゴールは誇りに思っています。でも、僕はまだたくさん覚えることがあるし、まだ始まったばかり。ゆっくりと焦らずに行かなければなりません」