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課題よりも大切なこと。 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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posted2005/12/08 00:00

 何よりもまず、勝ったことは評価できる。0-0のまま終わっていたら、勝ちきれないイメージを引きずったままワールドカップ・イヤーを迎えなければならなかったからだ。

 それでも、試合後の選手たちに笑顔はなかった。どこかすっきりとしないキャプテン宮本恒靖の表情は、チーム全体のこの試合の受け止め方を物語っているようだった。

 ギリギリまで試合の結論を引っ張った原因は、いつものように決定力不足にある。開始11分で3度の決定機を作り、前半終了時で6度を数えた。際どいシュートを含めればGKを8度も脅かしている。これだけ得点機を浪費すれば、スコアを動かすのは難しくなる。

 しかし、ワールドカップに向けた課題を決定力不足だけで片づけたら、日本の現状を誤って認識することになる。勝利を遠ざけた別の要因が、アンゴラ戦には存在していた。

 世界に通用する日本の強みは何か。まず挙げられるのは、中村俊輔の左足だろう。背番号10の直接FKは、試合の流れに関係なく勝敗を決定づけられる。精度は抜群に高い。あとはゴールが狙える位置で、中村にどれだけ直接FKを提供できるかがカギになる。

 アンゴラの守備はルーズだった。とくに前半は、日本の動きにまるで対応できていなかった。日本がフリーランニングをするだけで、スペースと時間をあっさりと差し出してくれた。その結果として決定機を量産したのだから、前半の攻め方は間違っていなかった。

 工夫をしてほしかったのは後半である。

 攻撃パターンを把握されてきた後半は、前半のようにチャンスを作り出せなくなっていた。ここでチーム全体が、中村の左足を生かそうという意思統一をすべきではなかったか。

 前半はサイドへはたいていた場面で、あえて突破を仕掛けてみる。ボールタッチをひとつ多くする。いつもよりボールをさらし気味にする。そうやってDFをおびきだして、ファウルを誘ってほしかったのだ。最終ラインとボランチの間のスペースを、かき回すべきだったと思うのである。

 FKからの得点が期待できたのは、中村だけではない。三都主アレサンドロは、直近のJリーグ3試合で2本の直接FKをねじ込んでいた。残り10分からは、右足のスペシャリストとして阿部勇樹も登場してきた。

 彼ら3人が揃っていれば、どんな距離と角度でもカバーできる。シュートレンジのリスタートさえ獲得できれば、様々な方法で相手にプレッシャーをかけることができたはずだ。

 しかし日本は、自分たちの強みを生かさなかった。中村は6本の直接FKを蹴ったが、一度もゴールを狙えなかった。FKのポイントはすべて、サイドに偏っていたのだ。同じように三都主も阿部も、利き足に秘めたスキルを発揮する機会を持てなかった。

 たとえゴールが決まらなくても、直接FKを蹴る効果は小さくない。際どいシュートがGKを襲えば、対戦相手は次の機会を与えることを嫌う。ぺナルティエリア周辺でのプレーに神経質になり、反則を避けるようになる。

 こうなれば、ゲームの主導権を引き寄せるのはさほど難しくない。柳沢敦や高原直泰にボールが入っても、相手DFは不用意に飛び込めない。彼らがしっかりキープすれば、中村が素早く適切な距離感でサポートできる。

 両サイドも飛び出しやすくなる。FKというオプションを見せることで、対戦相手は不用意にファウルできないぶんだけ、中央に人数をかけるようになる。相手ボランチの意識のなかでサイドのカバーの優先順位が下がり、タッチライン際の環境が整う。三都主と駒野友一は、活用できるスペースを目の前に探し当てることができるはずだ。

 さらに波及効果として、2列目の攻撃参加も見込める。日本の両翼が仕事をすれば、相手のボランチはサイドへ意識を戻さざるを得ない。すると今度は、ペナルティエリア手前のスペースが口を開けてくれる。アンゴラ戦ではシュートゼロに終わった中田英寿や稲本潤一のシュート力を生かせるようになる。ゴールを狙える直接FKをつかむことで、攻撃にここまで拡がりが出てくるのだ。

 苦戦の要因はもうひとつある。

 相手の弱みを突いていないのだ。

 アンゴラの右サイドバックは、身長168cmの小柄なジャシントという選手だった。残る3人は長身選手で、右センターバックのアレックスは199cm(!)である。

 4人の身長を確認すれば、クロスボールで相手右サイドを徹底的に狙うプランが浮上するだろう。2トップのどちらかが、日本から見た左サイドで空中戦を挑むのだ。

 ジャシントとの競り合いは望むところだし、同サイドのアレックスを引きずり出せれば中央が空く。ペナルティエリア付近のどこかで誰かが、確実にフリーになる。

 しかし日本は、相手の弱みを突かなかった。ジャシントの高さ不足をアンゴラに痛感させたのは数えるほどで、左サイドへの連続した攻撃は試合終了間際の時間帯に限られた。

 85分の柳沢の決定機は、駒野のクロスに対してジャシントがかぶったことによるものだった。松井大輔の決勝ゴールも、左サイドへのクロスがきっかけである。

 ジーコ監督が掲げたアンゴラ戦のテーマは、DFラインから中盤までのボールの運び方や、ボール奪取時の連動性だった。このように日本の選手は、自分たちの課題を達成できるかどうかという「絶対評価」を基準に、テストマッチに臨んでいる。しかし、課題をクリアすることにこだわり過ぎてはいないだろうか。

 あらかじめ用意した方法ではなくても、勝つことで問題を克服できることだってある。何より気になるのは、自分たちの強みを生かして相手の弱みを突くという、課題を語る以前の基本的な意識が薄れていることだ。

 ワールドカップで問われるのは、参加32カ国のなかでどこに位置できるのかだ。これから挑もうとしているのは、「相対評価」の世界なのである。自分たちだけの「絶対評価」にとらわれていてはいけない。

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