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ACミラン×マンチェスターU「したたかな勝利」 

text by

弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

PROFILE

posted2007/05/17 23:37

 カカが今季CL10ゴール目を叩き込んだ直後、ミランのベンチにいたカルロ・アンチェロッティは大雨の下小さく、だがこれ以上ないほど力強く拳を握り締め、吼えた。ギャンブルで己が賭けていた目に的中したカタルシスのそれだった。

 「秘密など何もない。日々の練習と準備、それによる確信だけがこの結果をもたらした」

 過去5年間で3度目となるCL決勝戦進出を決めた指揮官は試合後、そう言って胸を張ったのだった。

 第1戦、先制したのはマンチェスターUだった。サー・アレックス・ファーガソンが育て上げたクリスティアーノ・ロナウド、ルーニー、ギグスら攻撃陣が一方的にミランを攻めたてる。1点目はC・ロナウドのヘッドから生まれた。

 だが、すぐにカカの両脚が超満員のオールド・トラフォードを静まり返らせる。15分で2点をあげ、アウェーでリードを奪う。

 再び、マンUに試合の流れを引き寄せたのは、後半早々、ミランの守備の要であるCBマルディーニとMFガットゥーゾの負傷交代だった。ほころびの見えたミラン守備陣を連動性のある攻撃で崩し、ルーニーが同点弾を決める。2対2のまま、ドローの色が濃くなっていく。ロスタイム2分とアナウンスされ、メインスタンドの客は席を立ち始めた。

 ほぼ最後のプレー。右サイドのギグスからのパスをミランのCBネスタは一瞬だけオフサイドか、と躊躇した。ルーニーは突進する。GKジダの動きを見て右脚から放った一撃は、終了間際の決勝ゴールとなった。

 勝利の後、ファーガソンはご満悦だった。

 「ベテランチーム相手に若者たちが活き活きとプレーするのを見るのは気分爽快だ」

 ミランの煌びやかなサッカーには、どこか勝負事の非情さが内包されている。それは、自らの政治アピールのために欧州戦線での勝利を要求する会長ベルルスコーニのせいでもあり、'01年から指揮を執るアンチェロッティの意地にも依拠している。

 彼は尊敬するファーガソンのようにカリスマ性を持つタイプの監督ではないし、モウリーニョのように必要以上に敵を刺激したりはしない。ユーモアを忘れず、温厚なイメージをあえて保っている。だが勝利を得た瞬間の彼の表情を見れば、そこにはしたたかな勝負師の顔がある。

 泣き虫カルロ。彼はそう呼ばれていた。現役時代のチャンピオンズカップ戦前夜、幾度となく不安に暮れてファン・バステンに泣きついたという。その泣き虫は4年前、オールド・トラフォードでのCL決勝戦において、2年前に監督を解雇されたユベントスへの雪辱を果たし男になった。それ以来、欧州常勝チームを作り上げてきた自負がある。そんなアンチェロッティにとって、CLとは特別な舞台であることは間違いないのだ。

 結果を求められ続ける境遇にありながら、満足な得点力補強のなかった今季、アンチェロッティは一つの賭けに出た。代名詞である背水の陣「アルベロ・ディ・ナターレ(クリスマス・ツリー=4-3-2-1)」の多用である。4バックと3ボランチによる強固な守備をベースに、攻撃はMFカカの爆発力に賭ける。

 攻撃サッカーに満ちるCLを守備を基盤に勝ちあがることが、どんなに困難でリスキーなことか、誰もが知っている。それでも指揮官は腹をくくり、選手、裏方の者を含めミランの全員がアンチェロッティの選んだギャンブルの目に賭けた。第2戦を前に彼は少しだけ自負をのぞかせていた。

 「2年前リバプールに敗れた時、昨季バルサに敗れた時、そして今季初めにも『もうミランは終わった』と言われた。だが今も我々はこの舞台に残っている。

 ここまでの歩みは少しずつタルトを作り上げてきたようなものだ。一番上のチェリーがまだ足りないがね」

 第2戦、サン・シーロに降り注ぐ大粒の雨が、相手の穴を的確に突くマンUのパスワークを試合開始から封じ込める。

 11分、シーズン終盤をにらみ調整してきたネスタからの縦パスをセードルフが中央へ流すと、そこにカカは走りこんでいた。左足で右隅ぎりぎりに突き刺したゴールを確かめ、カカはセードルフと抱き合った。さらに30分、CBビディッチのミスからセードルフが追加点を奪う。

 後半10分すぎからマンUはようやく遠慮がちに攻勢に出始めるが、あれほど欧州中の強豪を翻弄してきた連動アタックは熟練のミランディフェンスに抑え込まれた。球の出所を完全に読まれ、トラップしてもMFアンブロジーニにことごとく奪われる。C・ロナウドのドリブルは、その晩間違いなく世界中の守備的MFのお手本だったガットゥーゾがあくまでフェアに消し去った。ルーニーは19分にC・ロナウドからの右クロスをゴール正面でジャンピングボレーにとらえかけるが、SBオッドに背後から体をぶつけられ、阻止された。

 二重、三重にかかるミランの円熟した中盤プレスがDF陣の的確なカバーリングとともに、若く単調なマンU攻撃陣を封じ込めた。

 この試合、マンUは一度たりともチャンスを作ることはできなかった。第1戦から数えて167分目、マンUベンチはFWサアを送り出したが、これが準決勝2試合を通じてファーガソンが切ることのできた唯一の交代カードだった。

 プレミアで首位をキープするには固定された主力を酷使するしかなく、CLとの並行戦線にあって、準決勝を前に守備の大黒柱ファーディナンドをはじめ負傷者が続出していた。

 一方でミランは直近のセリエA2試合で、最大9人もの選手を入れ替える極端なターンオーバーを敷いてカカらを休ませ、この大一番に賭けていたのだ。

 途中出場したジラルディーノがとどめの3点目を入れた後の86分、「絶対に得点などさせない」とアンチェロッティはピッチに6人目のDFファバッリを送り込み、コの字型に配置して相手を包囲した。初戦にあれだけ躍動した自慢の若い選手たちが、ミランのベテランたちに手も足も出なくなった姿を見つめながら、マンUの主となって21年目の老将は、ベンチでただ唇を噛み締めていた。

 試合後、勝敗を分けたものは「欧州での経験の差だ」とファーガソンは頭を垂れた。確かにミランは、過去5季の戦績から算出される今季のUEFAクラブ・ランキングにおいて、1位の座にある。マンUは7位。

 だが差はそこではない。3年前の準々決勝、デポルティーボに4対1から4対5の大逆転を許した油断。2年前の決勝、リバプール相手に前半3点リードから追いつかれた挙句、PK戦で負けたイスタンブールの悪夢。そして昨季の準決勝、バルセロナと対峙した際のピーキングの失敗。つまり、ミランは高いレベルでの敗北の経験をより重ねていた。

 ベンチ層の薄さからレギュラーを固定せざるをえず、厳しい自国リーグと並行して戦う中で選手たちは疲弊と消耗を重ねる。故障者が出てくるのも止むをえない。

 準決勝でのマンUは、まるで昨季バルサに敗れたミランそのものだった。勝敗を分けるのは、ピーキングのマネージメントや些細なディテールのケアだということをミランは生傷のように苦い記憶から学んでいる。同じ轍は踏まない。だからこそ、ミランとアンチェロッティは欧州のトップであり続ける。

 「1月からこの時期に合わせてフィジカルの調整に注意を払ってきた。今、世界中どこを探しても、ミラン以上にこのレベルへうまく挑めるクラブは存在しない」

 2年前に獲り損ねた極上のタルト。ビッグイヤーという名のチェリーは、アテネで待っている。

ACミラン
マンチェスター・ユナイテッド
欧州チャンピオンズリーグ

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