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高橋大輔 歴史を我が手に。
text by
八木沼純子Junko Yaginuma
posted2006/02/09 00:00
「金メダルを目指したいです」
1月9日、地元岡山県で行なわれた壮行会で、気持ちをオリンピックに向けて奮い立たせるかのように力のこもった言葉をはなった。それほどまでに今の高橋大輔は自信に満ちあふれている。
今シーズン、グランプリシリーズ初戦となったアメリカ大会では、昨季の世界選手権で3位に入ったライサチェック(アメリカ)を抑えて優勝。たった1枠だけの五輪代表へ向けて一番に名乗りをあげた。もともと表現者としての能力は世界でも高い評価を受けている。音楽が奏でるその世界を体現することが上手い。まるで高橋の身体の中から曲が鳴り響いているかのような強弱の付け方。そして音を感じながらリズミカルに踏むステップ。この大会では高橋の踊りたいという気持ちと表現したい世界がピッタリと合致した滑りを見せてくれた。この大会では、フリースケーティングのストレートライン・ステップでも、最上となるレベル「4」を獲得している。
いままでにはなかった大人びた力強さ、たくましさが高橋から醸し出されていた。オフに新しく取り入れたトレーニングも要因のひとつだ。体脂肪率3%台にまで身体を絞り、ジャンプの安定度と成功率も増した。難易度の高いプログラム構成で表現するための充分な筋力は、これによって確実に出来上がっていったのだ。
成果はその後に出場した試合にも表れていった。12月上旬に大阪で行なわれたNHK杯では3位。グランプリファイナルでも3位に入り、日本人男子としては初めてとなるファイナルでの表彰台を決めた。
そして、五輪代表を決める最終戦となった全日本選手権大会。ショートプログラムでは、トリプルアクセルでの失敗から2位。逆転を狙ってのフリーは、4回転トゥループを回転不足のまま着氷。トリプルアクセル(3回転半)も1回転になってしまうミスを犯したが、スケーティングやステップなどを採点するプログラム構成点では、世界トップクラスも叩き出す7点台後半という高い評価を得た。織田信成、高橋ともに代表争いという重圧の中、それぞれの個性を出した戦いで、一度は織田が優勝。しかし採点ミスにより最終的に高橋が優勝となった。
採点するジャッジも対応に遅れ、表彰式が終わった後に間違いが判明する前代未聞の出来事となってしまった。両者ともに素晴らしい戦いを見せただけになんとも残念なミスだった。だが、高橋はこれで全日本初タイトルとともに五輪代表権を獲得することとなった。
「すごい嬉しい。やっと一つ終わった」
この言葉にはこれまでの戦いの激しさがこめられていたが、もうひとつ、全日本の呪縛から解き放たれたことを表す言葉だったのかもしれない。出場したこれまでの全日本では優勝のチャンスがありながらも自滅してしまうことが多かった。一度ジャンプを失敗すると、立ち直ろうとしても意識とは裏腹にどんどん追い込まれ、全てのミスに繋がってしまう。それほどまでに国内最高峰の全日本には世界との戦いとは違う怖さが潜んでいるのだ。しかし、今シーズンの試合での高橋は違っていた。攻める姿勢を保ちスケーターとしてひとつ大きくなっていた。それが結果に繋がったといえるだろう。
高橋が変わったきっかけは昨年3月にロシアで行なわれた世界選手権にある。この大会は五輪国別出場枠を2つ以上獲得するためにも大事な位置付けとなっていた。その役目は本田武史と高橋に託されたが、予選で本田が怪我に倒れてしまったことで、初めてただ一人で戦う大変さや恐怖を味わうことになる。結果は15 位。最大の目的であった五輪出場枠は「1」となってしまった。そして、ここでの悔しい思いから考えは変わった。
「自分がオリンピックにいくんだ」
これまで、率先して人の前を歩くよりも後ろをついていくことが多かった。日本男子を中学生の時から支え続けた本田という大きな存在が立ちはだかっていたこともあるが、初めて自分からなにかをやり遂げたいと感じてからの高橋はいままで以上に緻密な練習で自分を鍛え上げた。
そして、本田、織田との戦いの中で、肉体的にも精神的にも成長していった。国内での熾烈な戦いから常に試合で力を発揮できる精神的強さが備わったことは五輪に向けて非常に大きな強みとなるだろう。
「どんなところか分かりませんが、世界が注目する場所です。そこで高橋大輔を見せたい。初めて目標を立てて出たいと思った大会です」
初めての五輪は自身との戦いの場であり、本田がソルトレイクで残した日本男子史上最高の4位への挑戦でもある。音楽を体現しながら繰り広げるエモーショナルな高橋の演技が世界で華開く日はそこまできている。