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アロンソ×ライコネン×モントーヤ「ポスト・シューマッハー世代の2004」
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
posted2004/10/07 00:00
モンツァの濡れた路面が鏡と化して、そこに思いがけなくもポスト・シューマッハーの戦いの様が映った。
イタリアGPのオープニングラップ、雨の名手M・シューマッハーが第2シケインで珍しくスピン!― 再走はできたものの、予選3位の座から一気に15位まで下降する。
トップはフェラーリのR・バリチェロ。しかし急激に乾いていく路面を柔らかいウエット・タイヤで走っているためにペースが上がらず、5周目、F・アロンソに抜かれたのを機にタイヤ交換のためピットイン、後退。首位アロンソの後方はJ・バトン、J-P・モントーヤ、K・ライコネン、そして佐藤琢磨の順となった。
F1の次世代を背負って立つと目される若き獅子達の疾駆。その時、シューマッハーはやっと11位に這い上がったばかりだった。
きらめくようなフレンチ・ブルーのルノーを操ってトップを独走するアロンソは、トップグループの中では最も若い23歳。スペインが生んだ早熟の天才である。スペインの北部オビエドの出身で、ベラスケスが描く貴族のような顔立ち。一説にはこれこそ純スペイン人の面影なのだとされ、その気質は騎士のように誇り高い。
'02年はルノーのテストドライバーに徹して実戦から遠ざかっていたが、'03年にJ・トゥルーリのチームメイトとしてサーキットに戻って来るや、発するオーラがそれまでとはまったく違った。一言で表すなら見違えるほど大人になっており、デビュー当時は気軽に話しかけられたものが、今ではにべもなくはねつけられることがある。脇について歩きながらちょっとした質問をしようものなら、「プレスコンファレンスでしか受けない」とピシャリ。誇り高い気質に、ヘラヘラしてはいられないという自覚が加わったのだろう、毅然とした態度は古のスペイン人を彷彿させる。
もっとも茶目っ気もある。あれはたしか今年のフランスGPだったと思うが、表彰台から身を乗り出すバリチェロの背中をトンとひと突き、バリチェロが一瞬泡を食うシーンがあった。ルノーのご当地でフェラーリの間に割って入った悦びが悪ノリとなったのだ。
アロンソのすばらしさはオフェンスとディフェンスの高度のバランス。予選は予選、レースはレースと割り切れる冷静さを持ち、今年の表彰台登壇数はトゥルーリより2回多い。
トップチームより数十馬力劣る非力なルノーで健闘。スタートダッシュの鋭さは他チームをして「アロンソは先に行くものだと思うしかない」と言わしめるほどである。
そのアロンソはトップグループの中ではいち早くピットイン。2位に後退するが、今年5回目の表彰台は確実と思わせた。ところが残り13周で珍しくスピン、リタイアとなった。
「コースマーシャルがコースに押し戻してくれなかった」
と、コース員もティフォシ(熱狂的フェラーリ・ファン)であることに腹を立てたか、沈着冷静なアロンソにしては珍しく地団太踏んで悔しがった。
アロンソがピットインした3周後、2位モントーヤ、3位佐藤琢磨、4位ライコネンの3人が立て続けにピットイン。モントーヤ、琢磨は給油を終えて素早くコースに戻るが、ライコネンのマシンはゆっくりとガレージに押し戻された。エンジンから白煙が上がっている。
「表彰台を狙えたと思うけど、2周目からエンジンの具合がおかしくなっていた」
と、ライコネンは静かにコメントする。2週間前のスパ・フランコルシャン(ベルギーGP)では見事シューマッハーに土をつけた男は、存分に持ち味を発揮する前に戦列を去った。エンジン・トラブルとあっては仕方がないが、それでも悲惨だった今年の序盤戦に較べればまだましである。
F1参戦2年目にM・ハッキネンの後継者としていきなりマクラーレン・メルセデスに抜擢されたことで、フィンランドから来たシンデレラボーイと呼ばれた24歳のライコネンは昨年、最終戦日本GPまでシューマッハーをチャンピオン争いで苦しめた。当然、今年はタイトルを狙いに行ったが、開幕戦から思わぬ障害にブチ当る。マクラーレンの新車が“大外し”だったのだ。序盤7戦で5回リタイア。そのうちエンジン・トラブルが4回、ミッション・トラブルが1回。開幕から7戦で獲得したポイントわずか1点という体たらく。
名門マクラーレンがそんなハメに陥ったのも、フェラーリを凌駕しようとしたマシンがデザイン面で行き過ぎ、空力的バランスを崩した上、シャシーも剛性不足。おまけに低重心化をもくろんだエンジンにも潤滑系に欠陥が見つかった。だが、その出遅れを“B”スペックなる改良版マシンの投入で中盤過ぎから態勢を立て直したのはさすがはマクラーレン。ライコネンも腐ることなく、すばらしいドライビングでチームの期待に応えた。
イギリスGPでポールポジション、ドイツGPでシューマッハーを追い詰め、ベルギーGPで堂々の勝利。ベルギーは予選10位から波乱をかいくぐっての今季初勝利だった。
昨年までは攻め過ぎで失敗することも少なくなかったが、今年はミスが影を潜めた。だからこそ、しぶとい粘りでスパ・フランコルシャンでも勝てた。
そんなライコネンだが、リタイアするとステアリングを叩きつけるなど直情径行の面を見せる。それが本当のライコネンの姿なのである。普段は記者会見に出ても話はまったくつまらず、まず本心を吐露することがない。いや、そもそもこいつに本心があるのか?と思うほどだ。それに加え、飴玉をしゃぶりながら話す子供のようなか細い声で、聞き取りにくいことこの上ない。これほど取材しにくいドライバーもまたといまい。おそらくマクラーレンのきびしい報道管制がライコネンにしゃべりすぎない対応を強いているのだろうが、万人に受け入れられるスター性という意味ではこのライコネンが最もポスト・シューマッハーに相応しくない。
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