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アヤックス 4-3-3の呪縛。 <前編>
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byKai Sawabe
posted2009/05/11 11:00
欧州サッカーの表舞台から姿を消して久しい。
名門クラブの現状を求め、アムステルダムの地を訪ねた。
4月12日、アムステルダム郊外のビジネス街の中に聳え立つアレナは、歓喜の瞬間を7度も迎えた。7対0という大差で、アヤックスがビレムⅡを退けたのだ。
ゴールラッシュの幕が開けたのは、試合開始から、わずか1分39秒後のこと。ウルグアイ人のスアレスとアルゼンチン人のツビタニッチの南米コンビが、あっさりと相手守備陣を攻略してしまった。
いきなりの失点に浮き足立ったビレムⅡに、アヤックスは追い討ちをかける。10分、20分と立て続けにヘッドを決め、リードを広げる。勝敗の興味は消え失せてしまった。
オランダサッカーは芸術でなくてはならない。
ちなみに3点目は、アヤックス独自の空間認識を感じさせた。
ゴールへのきっかけとなったのは、最後尾から中盤への縦パスである。敵が密集するエリアに突き刺すようにグラウンダーを通すと、ビレムⅡはボールを奪おうと包囲網を一気に狭めた。この瞬間、アヤックスはサイドへと大きく展開したのである。無人の荒野となった右サイドを駆け上がったファンデルウィールにとって、マークを外したツビタニッチの頭に合わせることは難しくなかっただろう。
閉じては開き、開いてはまた閉じる。
アヤックスは打ち上げ花火のような規則的な運動を繰り返すことでピッチ上に空間を創り出し、タッチライン際をサイドバックとウインガーが心地良さそうに疾走した。そのたびに面白いようにチャンスが生まれ、次々とゴールが決まっていく。
ピッチを眺めていて、やがて不思議な感覚が湧き上がってきた。スポーツや勝負事とはまったく違う、モダンアートを鑑賞しているような気分になってきたのだ。
ボールに例えばオレンジ色の塗料がついていたら、アレナの芝に美しい抽象画が描かれるだろう。オレンジの線が中盤から放射状に伸びていき、タッチラインの白線のわずか内側もオレンジ色に塗りつぶされる。
世界制覇を成し遂げた'95年のチームなら、敵陣のペナルティエリアを取り囲むように、オレンジの半円が描かれるはずだ。アヤックスの選手たちは、ボールと肉体を使った芸術家の集団なのかもしれない。
サッカーの美しさに身を捧げ……敗れてしまうチーム。
〈世界は神が創り、オランダはオランダ人が創った〉と言われるように、この国の大地はオランダ人の叡知と汗によって造られた。
運河が縦横に張り巡らされた人工的なアムステルダムの街の中にいると、街そのものがモダンアートのように思えてくる瞬間がある。公園の遊具やアパート群が独自の機能美を主張するこの街には、バイエルンやチェルシーは似合わない。頭脳を駆使して洗練されたプレーをする、アヤックスこそがふさわしい。
アヤックスは、一向に攻撃の手を緩めようとしなかった。哀れなビレムⅡは抵抗力を失っていたが、フットボールをするという目的は失っていなかった。イタリアやスペインで0対4、0対5となったら、ゲームは無残に壊れてしまうだろう。ビレムⅡは退場者を出していたが、それは不慮の事故に近かった。敵を傷めつけたり、闇雲にボールを蹴飛ばしたりする選手はいなかった。
つまり、アヤックスはもちろん、ビレムⅡもオランダ人の美意識に基づいてフットボールをしようとしていた。手段を選ばないイタリア人や腕っ節を誇示するドイツ人とは違い、オランダ人は様式美にこだわる。エールディビジと呼ばれるオランダリーグに、大差の試合が多い所以である。
この日、アヤックスは美しく勝利し、アレナに足を運んだ4万余人は満足げに家路についた。幸福な、日曜日の午後だった。
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