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アヤックス 4-3-3の呪縛。 <後編>
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byKai Sawabe
posted2009/05/11 11:01
アヤックスが一党支配するアムステルダムでは近年、ちょっとした異変が起きている。「男の子ならアヤックス」のはずなのに、伝統の赤と白のシャツを着る少年が減っているというのだ。
アレナ以前の本拠地、デ・メール競技場跡地に近いスポーツパークに立ち寄ると、少年たちが練習をしていた。8人中アヤックスはたったのふたり。リバプールと同数だった。
30代のコーチが苦笑交じりに言う。
「この子たちはみんなアヤックスファンだけど、他にもお気に入りのチームを持ってるんだ。アヤックスひと筋だった僕らとは、随分違うんだよね」
リバプールのシャツを着た少年に、「どうしてアヤックスじゃないの?」と尋ねると、「そんなの当たり前じゃん」という顔をした。
「3位のチームのシャツなんて、恥ずかしくて着られないよ」
アヤックスは近年、自尊心の高いアムステルダムの人々を満足させられずにいる。
エールディビジでは、5年連続で優勝を逃してしまった。'95年のチームを築き上げた、あのファンハールが率いるAZの独走を許し、トゥエンテと熾烈な2位争いを演じている。
ヨーロッパ戦線でも精彩がない。チャンピオンズリーグでは'03年にベスト8に進出したが、この3シーズンは本戦に出ていない。
アヤックスの十字架となったポジション“ウイング”。
「アヤックスはスペイン、イングランド、イタリアの育成施設に成り下がってしまった」
オランダ最大の日刊紙「テレグラフ」の記者、ファーレンタイン・ドリッセンに現状を尋ねると苦々しい表情を浮かべた。
「育成部門はヨーロッパ一と断言できるが、いまの規制のない市場ではアヤックスはスペインやイングランド、イタリアの強豪に太刀打ちできない。選手を持って行かれるばかりだ。それに伝統のスタイルを維持するのも難しくなってきた。ファンハールのAZも、'95年のアヤックスのような攻撃的な試合をしているわけじゃないんだよ。クライフはいまもウイングに固執しているが、このオランダでも典型的なウイングはロッベンくらいだ。ウイングが育っていないことが、アヤックスの大きな悩みになっているんだ」
ウイングが大きく張り出した4-3-3システムは、オランダ人にとってフットボールの代名詞になっている。だが、プレイヤーの身体能力が飛躍的に向上したことでピッチ上の空間が消え、ウイングの有効性に疑問が投げかけられるようになった。素晴らしいウイングがいないだけなのか、それともウイングそのものが時代遅れなのか。
すると、記者は迷わず断言した。
「いや、ウイングは必要だ。オランダ人は幼いころから4-3-3でプレーしている。結果を出すために4-4-2をやるチームもあるが、アヤックスは違う。美しく勝たなければならないんだ」
客観的な視点を持つひとりのジャーナリストは、アムステルダム育ちのアヤックス主義者へと変貌していた。
オランダに退屈なチームはPSVひとつで十分。
「'95年のヨーロッパ王者が、あの強くて美しいアヤックスだったことを、だれもが憶えているだろう。では、'96年のチャンピオンは? 退屈なゲームをして勝ったところで、記憶に残らないんだよ。つまらない試合をして勝つなんてことは、アヤックスには土台無理だ。そんな育成をしていないし、ファンもメディアも許さない。わかるかい? 俺たちはドルトムントやミドルスブラのような平凡なチームにはなりたくないんだ。オランダに退屈なチームは、PSVひとつで十分じゃないか」
アムステルダムのそこかしこで、PSVへの悪口を聞いた。近年、すっかり盟主の座を奪われていることが気に入らないのだろう。自分たちがもっとも洗練されていると考える信者たちは、守備的なフットボールの代名詞として決まってPSVを持ち出す。
想像するにアヤックスのファンは、PSVが若き日のブラジルのロナウドを雇っていたことも軽蔑したのではないだろうか。'95年のアヤックスにロナウドがいたら……。ゴールの山を築いたかもしれないが、強烈すぎる個によって組織の美は傷ついただろう。
(続きは、Number728号で)
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