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警戒すべきは、イランよりバーレーン。
text by
田村修一Shuichi Tamura
posted2004/12/28 10:49
「日本が本命で、2位にはイランかバーレーンが入るだろう。私の意見では、今はバーレーンの方がイランよりもいいチームだ」
'05年2月にはじまるワールドカップ・アジア最終予選を、ミラン・マチャラはこう予想した。オマーン代表監督として1次予選で日本と死闘を繰り広げたマチャラは、10年におよぶ湾岸滞在の間にクウェート、サウジアラビアの代表監督を歴任し、中近東のサッカーを知り尽くしている。そのマチャラが日本での下馬評とは異なり、怖いのはイランよりもバーレーンであるという。彼の言葉の真意はどこにあるのか、本当にバーレーンはそこまで強いのか、ガルフカップから探ってみた。
「歴史は繰り返すというが、前回同様に、初戦でイエメンに勝ち点1を与えてしまった」
バーレーン代表監督スレチコ・ユリシッチは、まさに「苦虫を噛み潰した」という表現がピッタリの表情でこう語りだした。カタールの首都ドーハではじまった第17回ガルフカップ。大会2日目のこの日、アル・ライヤンスタジアムでは第1試合でバーレーンがイエメンと対戦し、1対1の引き分けで試合を終えていた。初参加だった1年前もイエメンは初戦でオマーンと引き分けて、大会を通して唯一の勝ち点をあげている。今回はその役割が、バーレーンに回ってきたのだった。
「イエメンにはおめでとうと言いたい。しかしチャンスはバーレーンのほうがずっと多く作った。だがFWが集中力を欠き、ミスを繰り返し、次第に冷静さを失った。それで組織も破綻し、選手が利己的な考えに囚われバラバラになった。後半も開始早々に同点に追いつかれ、忍耐力を無くしてしまった」
アラブ人記者の容赦ない質問に、仏頂面を崩すことなく淡々と答える。たしかに試合はバーレーンが勝っていておかしくない内容だった。だがイエメンのファイティングスピリットと露骨な時間稼ぎに手を焼いた。同点後はトップ下のタラール・ユスフを前線にあげ、彼らの誇る攻撃的3トップでゴールを奪いにいったが、はやる気持ちが焦りを生み、得意の組織力を生かせなかった。
「試合前から選手がナーバスになっているのは感じていた」とユリシッチは振り返る。
イエメン戦の翌日、われわれは選手が宿泊するシェラトン・ドーハホテルで、昼食後のお茶を飲んだ。
「勝ちたい気持ち、自分たちの凄さを見せたい気持ちを選手が抑えられなかった。1年前のわれわれは、湾岸の新興国アウトサイダーに過ぎなかった。だが今年は違う。優勝候補のひとつで国民の期待も大きい。外からは理解し難いが、ガルフカップに懸ける国民の思いは並々ならぬものがあり、それが選手には大きなプレッシャーになっている」
バーレーンを取り巻く環境は、この1年で大きく変わった。前回大会でサウジアラビアに次ぐ第2位となり、強豪国の仲間入りをした。そしてアジアカップでは初のベスト4。ワールドカップ予選も、シリア、タジキスタン、キルギスタン相手に危なげない戦い振りで最終予選に駒を進めた。日本とはアテネ五輪最終予選で五輪代表が、アジアカップ準決勝でA代表が対戦し、日本はどちらも苦戦を強いられた。そしてこのガルフカップである。
「この1年半、われわれは常に好成績をあげてきた。だがどのチームも、ずっと右肩上がりの進歩を維持できるわけではない。アーセナルやブラジル代表、日本だってそうだ。同じことがわれわれに今起こった。休むことなく戦い続け、選手は精神的に疲れている」
アジアカップの後、選手は大挙して国外に移籍した。カタールリーグの外国人枠に関する規定が変わり、これまでの4人に加え、新たにバーレーンとクウェートの選手に限り2人まで追加登録できるようになった。その結果、バーレーンから17人がカタールリーグに流入した(クウェートは1人だけ)。ナショナルチームがまるごとカタールに移ったようなものである。ユリシッチは言う。
「ものごとにはプラスとマイナスの両面がある。良かったのは選手たちが高いレベルの試合を日常的に経験できることだ。クラブでの練習もバーレーン時代とは違い、厳しいトレーニングを毎日実践している。彼らは精神的にも肉体的にもプロフェッショナルになった。
マイナス面は……、以前のような長期的準備が難しくなった。彼らの多くはクラブの主力で、集まれるのは試合の数日前から。今はじっくり時間をかけて調整できない」
ただし選手はすでにチームコンセプトを理解している。共通のベースも出来上がっている。これまでのようにすべてをイチから作りあげる必要はない。それよりむしろ気がかりなのは、選手のモチベーションの問題である。
(以下、Number618号へ)