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マルコス・セナ 「ビジャレアルの冒険」 

text by

横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

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photograph byDaisuke Nakashima

posted2008/09/25 19:09

マルコス・セナ 「ビジャレアルの冒険」<Number Web> photograph by Daisuke Nakashima

 6月のユーロを制したスペイン代表は、華やかな攻撃陣が売りだった。大会のMVPに選ばれたシャビ・エルナンデスを始めとする中盤のプレイメイカーたち。得点王に輝いたダビド・ビジャや、決勝戦で驚愕のゴールを決めたフェルナンド・トーレス。実際、彼らがいなかったらスペインの優勝はなかったかもしれない。

 さらにもう1人、やはり「彼なしでは優勝できなかったのでは」と思える選手がいる。中盤の底、スペイン語でピボーテと呼ばれるポジションを務めたマルコス・セナだ。日の当たらない場所で彼が完璧な仕事をしていたからこそ、シャビたちは前を向いてボールを廻していられた。セナはスペインの肝だった。

 ユーロでは守備のセンスばかりが際立ったセナだが、所属するビジャレアルではまた違った一面を見せる。そして、このビジャレアルのサッカーが、いま素晴らしい。ビッグクラブではない。予算規模でいえば一介の中堅にすぎない。なのに、スペインのみならず、ヨーロッパでもトップクラスの“良いサッカー”をするのだ。

 ビジャレアルにはまた、スペインの黄金の中盤“第5の男”サンティ・カソルラもいる。不動の左サイドバックとなったジュアン・カプデビラもいる。

 8月末、リーガ・エスパニョーラ開幕に備えるチームを取材しようと決めたとき、真っ先に見ておきたいと思ったのは、セナとビジャレアルだった。

 バルセロナから南へ約300キロ、バレンシアからなら北へ約65キロのところに、ビラレアルという小さな町がある。端から端まで歩いて約40分。地中海沿岸らしい青空と太陽はあるが、それ以外は何もないタイルと製陶の町。その外れ、7万平方メートルの敷地にビジャレアルの練習場は広がっている。

 ヨーロッパ最大級というこの施設にあるのは、7人制サッカーのものを含めてグラウンドが9面。うち1面には3000人ほどが座れるスタンドが設置されている。クラブハウスを兼ねたカンテラの寮もあり、その2階にはテラスがある。パラソルの下、少年選手がトップチームに熱い視線を送っている。

 適当な場所に腰を落ち着け、周りを見渡すと、いかにもヒマを持て余しているといった初老の男性が数人並んで座っていた。その他は本当にサッカーが好きそうな若者が数人。夏休み中ということもあってか子供連れが数人。メディア関係者は、地元のテレビ局など他に3組のみ……。のどかである。

 練習は、まず2組に分かれてのボール廻しから始まった。輪を作った選手たちは、中に入ったディフェンダーを弄ぶようにしてパスを繋いでいく。スペインで「ロンド」と呼ばれるこのエクササイズは、パスワークの基本としてヨハン・クライフが定着させたものだ。ビジャレアルには、なるほど必要だろう。

 このチームのサッカーを数行で表すと、こうなる。

 シンプルな4-4-2フォーメーションから2列目の両翼が内側のスペースを自由に動く。空いた外側は両サイドバックが使い、ゴール前まで駆け上がる。フォワード2人は順に下がり、上がる。そして、この中でボールが廻される。

 キープレイヤーはユーロでトルコ代表に奇跡を招いたフォワードのニハト・カフベチ。両翼に構えるカソルラと元アーセナルのロベール・ピレス。両サイドバックのカプデビラと攻撃力あるハビ・ベンタ。そしてピボーテのセナだ。ヘソに当たる場所に立つセナは、交差点で交通整理する警官よろしくチームのバランスをとり、秩序を作る。

 本質的にはユーロを制したスペイン代表と同じだと思う。リーガで言われる“良いサッカー”の条件──テンポよいパスワーク、サイドの有効活用、ボールポゼッション──がすべて揃っているからだ。ロシアのフース・ヒディンク監督が兜を脱いだスペイン代表の「ワンタッチサッカー」。あれをビジャレアルもやってのける。

【次ページ】 人口4万9000人の町でシーズンシートが2万席売れる。

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