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グアルディオラの焦燥。
text by
豊福晋Shin Toyofuku
photograph byMutsu Kawamori
posted2008/09/25 19:12
バルセロナが2部から昇格したばかりのヌマンシアに敗れる──。
'08 ― '09 シーズンのリーガは、そんな意外な一報とともに幕をあけた。うなだれるグアルディオラ新監督。試合後、不機嫌なメッシは代表戦のためそそくさと母国へと旅立っていった。同日のレアル・マドリーの敗戦がそのショックを和らげてくれたものの、小さくない不安がバルセロニスタの胸中を駆け巡った。このバルサは大丈夫なのかと──。
グアルディオラはその夜、これほどまでに自分が大声で叫ぶことになるとは想像していなかった。
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「レオ(メッシ)、中に入るな!― サイドに張っていろ!」
「ダニ(アウベス)、後方のスペースもケアするんだ!」
ひと夏をかけて十分に準備してきたはずのヌマンシア戦。しかし目の前には、チャンスこそ作るものの得点に結び付けられず、焦りが増していく選手の姿があった。打ったシュートの数は27本。しかしそのいずれもネットを揺らすことはできなかった。以下、落胆した指揮官の試合直後の分析である。
「この敗戦には正直なところ驚いている。効果的に攻めることができなかった。問題は選手のポジショニング。指示通りに動けていなかった。プレシーズンも含めこれまでは上手く進んでいたんだが……。いい教訓になった」
バルセロナへと戻るチームバスの中でもグアルディオラの表情は硬いまま。うつむく彼にラポルタ会長は「まだ初戦だ。心配するな」と声をかけたという。
この夏生まれ変わったバルセロナには、誰もが大きな期待をかけていた。2年間無冠という、あってはならない事実を前にクラブは大改革を行なった。ライカールトの後釜には地元民から愛されるグアルディオラを抜擢。在籍した5年間で地位と名誉と、少々の贅肉をつけてしまったロナウジーニョをイタリアへ売り飛ばし、デコはチェルシーへと放出した。
「2人のプレーを分析したが、明らかにパフォーマンスが落ちていた。私は選手一人ひとりが全力を出し切るチームにしようと考えた。全員が労をいとわずに走る、そんな集団に」
グアルディオラは就任後すぐにチーム再生へと乗り出した。従来よりも増えた練習時間。規律を重んじ、携帯電話の制限や時間厳守を徹底。そして朝食はともに。
今夏加入した新戦力、MFフレブ、SBダニエウ・アウベス、CBカセレスらの融合も順調だった。バルセロナはプレシーズンの練習試合で平均5得点をあげる圧勝で5戦5勝、CL予備戦ではウィスラを2戦合計4― 1でしりぞけ、悠々と本選出場を決めている。そんな好調ムードの中で臨んだ開幕戦だっただけに、敗戦は誰にとっても予想外だった。
グアルディオラにとって誤算があったとすれば、北京五輪参加によるメッシの離脱だった。五輪参加を最後まで渋ったクラブだったが、最後には折れる形で大会参加を容認した。リーガ開幕へ向けた最終段階、8月という時期のエースの離脱。その影響は確かにあった。
“Messi dependencia(メッシ頼み)”
開幕戦の後、いくつかの地元メディアはバルセロナをこう評した。ヌマンシア戦ではいい意味でも悪い意味でも目立ったのはメッシ一人。チーム最多のシュートを放ち、崩しの局面でも頼れるのは彼のドリブルだった。
グアルディオラは就任以来「メッシ一人がチームの中心となるようなチーム作りはしない。彼には多くの得点とゲームメイクを期待しているが、チームの全責任を彼に押し付けることはできない。全員がチームとして機能することが優先だ」と繰り返してきた。しかし、現状で最も目立っているのは組織的な崩しではなく、メッシのキレのあるドリブルと、そこからの決定的パスである。
ヌマンシア戦でグアルディオラが「サイドに張れ」と再三メッシに指示したのは、そんなメッシ依存症からの脱却を図る意図もあった。メッシがサイドにいることで相手最終ラインは横に広がり、密集度は下がる。そしてできたスペースにシャビやイニエスタらが飛び込んでいく──。指揮官が描いたのは、そんな組織的な攻撃のイメージだろう。
未だ完成されていないチームの攻撃だが、それは時間とともに解決されるとの見方も多い。グアルディオラが目指す攻撃の形がチームに浸透し、アンリやフレブらがその能力を発揮できるようになれば、このチームは凄まじい潜在能力を秘めているからだ。バルセロナ番記者を20年務めるルイス・フェルナンド・ロホは言う。
「開幕戦で敗れたことで多少の批判はあるが、修正する時間もある。選手の質も高く、層も厚い。ファンの今季への期待は変わらない」
漂う雰囲気も悪いものではない。メッシは「シーズン半ばで問題が出てくるより、初戦を落とすほうがいい。まだまだ改善する時間があるからね」と希望を隠さず、エトーは「たった3ポイント。できるだけ早く忘れて次を考えよう」と、どこまでも前向きだ。
メッシ頼みからの脱却、新選手の融合、そしてチームプレーの構築──。グアルディオラがやるべき仕事は多い。しかし指揮官の現役時代のチームメイトでもあったシャビは「ペップは現役時代から、今何をするべきなのかという状況判断が的確だった。監督になった今もその長所は変わらないよ」と彼の指導力に太鼓判を押す。多くの選手の支持を集めるそんなカリスマ性も、長いシーズンでは鍵を握ることだろう。
「私は攻撃サッカーの信奉者」と語るグアルディオラのサッカーがピッチに描かれるのは、もう少し先かもしれない。しかしそのサッカーへの期待は高い。新生バルセロナのシーズンは始まったばかりだ。