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ハンドボールの一番熱い日。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byYukihito Taguchi
posted2008/02/14 16:11
「中東の笛」騒動の勝者となるために。
一連の騒動を振り返ると、予選やり直しの「勝者」は誰だったのだろうか?
テレビ報道の視点を見ると、「正義の笛を勝ち取った日本」は勝者に分類される。しかしこれは「モラル・ビクトリー」、負けて慰めを見出すという「道徳上の勝利」にしか過ぎないのではないか。今回の動きがきっかけとなってアジアにおけるレフェリングが正常化するという保証はまだどこにもない。
1970年代には日本の中心選手として大活躍した蒲生晴明総監督は、
「これからもメディアのみなさんにハンドボールを注視していって欲しい。目を離すとまたすぐ『中東の笛』が吹かれかねない」
と将来への危惧の念を隠さなかった。
日本と対比した場合、あくまで五輪出場に執着した韓国は勝利者だろう。韓国は笛の正常化云々ではなく、徹頭徹尾「五輪切符」だけにこだわった。
日本の収穫は、ハンドボールというスピーディな競技の魅力が、大々的に伝わったことだ。今までは露出の少なさゆえに地味と思われていたハンドボールが、激しく面白い競技であることは十分に伝わったはずだ。この熱狂の余韻が少しでも続くなら、五輪最終予選もテレビ中継が行われるのではないか。
また中高生の間では、再予選の前から雑誌のアンケートで「やってみたい部活ランキング」でハンドボールが上位に食い込むケースもあった。これは宮﨑の露出の影響が大きかったと思われる。今回の試合でハンドボールの面白さに目覚めた10代の競技人口が増えれば、底辺の拡大につながり、大きな財産になる可能性がある。
しかし当面、日本が「中東の笛」騒動の熱狂と混乱の中で勝者となるためには、外交的な手腕と、実力でアジアのライバルたちを超える「知恵」が必要になる。日本でひとつのスポーツがマイナーの領域から脱却するには、代表の強化がいちばんの近道だからだ。
韓国に敗れ、淡々と敗戦の弁を語った酒巻監督は、記者会見の最後、報道陣に頭を下げ、こう語った。
「これからも、ハンドボールをよろしくお願いします」