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『ふたつの東京五輪』 第5回 「選手村で世界と出会う(2)」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byPHOTO KISHIMOTO
posted2009/07/09 11:30
[ 第4回はこちら ]
カメラのファインダー越しに映る、リラックスした笑顔の選手たち。試合会場での厳しい表情とは一転した彼らの姿から教わったこととは──。
広大で、おおらかな空間だった東京オリンピックの選手村。選手たちは、取材者の目を気にすることなく、日々を過ごしていました。
見受けられたのは、楽器を弾く姿です。ギターをはじめ、持参してきた民族楽器を弾いている選手の姿を見ました。ときに、楽器を通じて他国の選手と楽しそうに会話する光景もありました。
パンツ一丁になって日光浴を楽しむ選手もいました。カメラを向けてもいっこうに気にしません。中には、レンズを向けると顔をくっつけてくるやんちゃな選手もいました。
史上初!? 今でも忘れられない選手村での結婚式。
選手村内で行なわれたブルガリア選手の結婚式。オリンピック史上初のできごとだった
たくさんの選手の中には、今でも強く印象に残る選手がいます。マラソンで1960年のローマ、東京と2大会連続金メダルを獲得したエチオピアのアベベ・ビキラ選手は、哲人というか哲学者といいますか、風格がありましたね。
なんといっても美しかったのは、ベラ・チャスラフスカ選手です。チェコスロバキア(当時)の体操の選手です。東京オリンピックでは、平均台、跳馬、個人総合と3つの金メダルを手にしています。大会を通じても人気を集めた選手ですが、間近で見る姿はほんとうに美しかった。彼女は8ミリカメラを手に、よく撮影していました。当時としてはたいそうな高級品ですから、彼女のステータスを示していたと思います。
選手村でのエピソードで印象的なことがあります。ブルガリアの選手同士が結婚式をあげたのです。これはオリンピック史上初のことでした。ちょっとびっくりしますが、たしかにオリンピックの選手村での結婚式なんてごくごく限られた人にしか出来ないことです。スタッフの側も要望を受けてウェディングケーキを用意しましたが、急な依頼とは思えない立派なものでした。以後の大会でも、選手が式をあげる光景を目にするようになりました。
選手村では長嶋茂雄夫人や橋本龍太郎夫人も働いていた。
海外の選手に人気があったのは、まずは美容室です。連日、「カットしてほしい」という海外の選手が列をなし、日本の選手の中には、切りたくても切れずにいた選手もいたそうです。
選手たちの日常を和まそうと、茶道教室が開かれることもありました。日本の文化への関心なのか、やはり多くの選手が集まってきました。
選手村の中では、和服姿のコンパニオンの方々が、選手たちの接待にあたっていましたが、彼女たちも選手から大人気でした。やはり着物が珍しく、そして美しくもあったのでしょう。
コンパニオンの中には、のちに長嶋茂雄さんと結婚することになる亜希子さんもいました。また、電話の交換手を務める女性の中には、橋本龍太郎元総理大臣の奥様もいらっしゃいました。
大会が進むにつれ、こんな光景も目立つようになりました。男子と女子では、宿泊は別々になっているのですが、隔てる金網ごしに会話する男女の選手の姿です。自身の試合が終わってリラックスすると、やはり気持ちが向かうのは……(笑)。