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「走れることって、当たり前じゃない」青学大・鶴川正也はなぜ“消えた天才”にならなかった? “世代最強エース”が最後の箱根駅伝に「間に合った」ワケ
text by
山崎ダイDai Yamazaki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/01/12 06:01
4年目にして初めての箱根駅伝を走った青学大の鶴川正也。元「世代最強ランナー」はなぜ一線級まで戻ってくることができたのか
終わってみればチームは2位の駒大に2分以上の差をつける圧勝だったが、「区間新記録を狙いたい」と語っていた本人の思惑からすれば、個人では不完全燃焼の走りだった。「陸上人生で初」という差し込み(腹痛)の影響もあり、レース後は反省の弁が口をついた。
「とにかく最初から突っ込んで、あとの10kmは粘るというレースプランでした。後半もっと(先頭を走る)中大に追いつくイメージだったんですけど、伸びなくて……まだまだ弱いなと」
それでも3年間の雌伏の時を経て、最初で最後の箱根駅伝で、走る姿を見せることはできた。
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「最初で最後の箱根駅伝」――駅伝ファンなら耳にタコができるほど聞いたことがある言葉かもしれない。紆余曲折を経ながら、4年目にして初めて箱根駅伝という大舞台を走る。そんな選手は、決して珍しいわけではない。
ただ、鶴川の場合は、一度は世代の頂点に立った選手である。
眩いばかりのスポットライト浴びた上で、挫折を経験し、そこからもう一度トップクラスに戻ってくる。それは、単に下から這い上がる何倍もの精神的な強さが必要になる。事実、そうして“消えた天才”になったランナーは、枚挙に暇がない。だからこそ、今年の箱根駅伝を「鶴川が走った」という事実そのものに、大きな価値があったように思う。
「チームのエースは誰」質問に原監督の答えは…?
そんな鶴川の取り組みを、チームの指揮官はきっと見ていたのだろう。
昨年12月に行われた箱根駅伝前の監督トークバトルで、こんな一幕があった。
「チームのエースは誰?」
そんな質問を受けたのは、各大学の監督たち。もちろん最も注目を集めるのは、ディフェンディングチャンピオン・青学大の原晋監督の答えだ。
前回大会で花の2区を走った黒田朝日(3年)、山で何度も好走している“若の神”こと若林宏樹(4年)、箱根ではめっぽう強い“駅伝男”太田蒼生(4年)ら、好ランナーひしめく青学大だけに、名伯楽が誰の名を挙げるのか、周囲は固唾をのんで見守っていた。
指揮官は、こう断言した。
「私どものエースは――鶴川です」