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<龍角散presents エールの力2024④>母が掛けてくれた「ありがとう」の言葉。村上茉愛は声援の力でメダルを手にした。 

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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photograph byAFLO

posted2024/07/08 11:00

<龍角散presents エールの力2024④>母が掛けてくれた「ありがとう」の言葉。村上茉愛は声援の力でメダルを手にした。<Number Web> photograph by AFLO

「おめでとうと言って貰えたのも嬉しかったですが、それ以上に印象的だったのが『ありがとう』という言葉でした。それまでは自分が金メダルを獲りたいと思って体操をやってきたのですが、『ありがとう』と言われたことで、母の夢も叶えてあげることができたんだなと思えたんです。その時は感情がすごく沸き上がって、そこでまたハグして二人で泣きました」

 5人きょうだいの3番目である村上さんが体操を始めたきっかけは英子さんだった。

「母は中学、高校の時に部活で体操をしていたのですが、家庭の事情で続けられなくなったと聞いています。その分、自分の子どもたちにやらせたいということで、うちはきょうだいたちも体操をやっていました。そういう意味で金メダルを獲ったことは母の夢を叶える瞬間にもなったのだなと思って、すごく感動したのを覚えています」

「声援がないと、この緊張感をどこに……」

 女子チームのキャプテンとして出場した2021年夏の東京大会は、コロナ禍の最中であり、異例の無観客試合となった。このとき村上さんは、意外なことで声援のありがたみを再確認することになった。

 東京では団体総合予選から始まり、団体決勝、個人総合決勝、種目別決勝と10日間にわたって体操競技が繰り広げられた。団体総合予選のときから「声のない寂しさのような感情」を抱いていたという村上さんだが、それまでの世界大会との明らかな違いに戸惑いを覚えたのは団体決勝だ。

 団体決勝は8チームが4組に分かれてローテーションしながら4種目を同時に進行する。すると、試合が始まってからほどなく村上さんは過去の世界大会との勝手の違いを感じた。各国の選手たちの声がすべて耳に届くのだ。

「それまで経験してきた大会では応援の声でかき消されていた音が、東京ではハッキリと聞こえてきたんです。器具を蹴る音や、各国の選手がチーム内で声を掛け合っているのが逐一聞こえてきて、緊張感が増しました。そこで初めて気づきました。応援されることで緊張を紛らわせることもできていたのだと……」

 今もたまにビデオを引っ張り出して東京大会を振り返りたくなるときがあると微笑む村上さんだが「見るとやっぱりドキドキしてくる」という。

「日本は団体決勝でイタリアと一緒に廻ったのですが、今でもイタリアの選手たちの応援を聞くとドキッとして、観客の声援でかき消されることのありがたさを感じます。東京では他の国の選手の声が必要以上に聞こえて、頑張らなきゃという力みになってしまい、ちょっと空回りしていたところがあるのかなと思います」

 結果は団体5位。厳しい練習をともにしてきた日本のチームメートと表彰台に上がる夢は叶わなかった。

「東京での最大の心残りは観客がいなくて、応援がなかったことです。実際は関係者や試合を終えた選手たちが会場に来てくれたので、まったく無音というわけではないのですが、日本なのに聞こえる声が日本語じゃないという不思議な感覚もありました」

【次ページ】 金メダルを獲ることよりも、観客に見てもらいたい一心で

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