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「監督、この練習は必要ないと思います」学生が直提案…慶応高野球部、取材記者が目撃した“強さの本質”「丸刈りor長髪論争が話題だが…」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNanae Suzuki
posted2023/08/22 17:45
1920年以来、じつに103年ぶりとなる決勝進出を決めた慶応高。写真中央はセンター丸田湊斗(3年)
「ウチの生徒たちには、『君たちには日本を変えられる可能性があるんだよ』と話しています。自分たちのスタイルで、甲子園で優勝したらどうなるか? 日本のスポーツ界に大きな影響を与えられるはずです。慶応の野球には、そうしたチャンスがあるんです」
大きな影響。
取材の日から4年。今夏の甲子園ですでに、決勝戦まで進んだことで慶応は影響力を発揮している。
長髪論争が話題になってはいるが(森林監督は「ウチの選手は、一般的な尺度に照らし合わせると、長髪ではないんですけどね」と苦笑していた)、一部メディアは「長髪or丸刈り」という二項対立に堕している。どっちだっていいじゃないか。このような議論は、森林監督が望まない不毛なものだろう。
では、慶応の野球部の意義はどこにあるのか。当時、森林監督はこう話してくれた。
「これまでの高校野球の指導者といえば、『俺の言うことを聞いていれば、甲子園に連れていってやる!』というカリスマタイプの方が多かったと思いますが、私は学生たちに『甲子園に連れてって』という方でして(笑)。極論すれば、学生たちがすべて考え、いるのかいないのか分からない監督が私の理想です。私はそうした環境を作るのが仕事。さっき、善波が練習内容の提案をしてくれましたよね? もしも、あそこで私が『ダメだ』と即座に却下したら、学生からは話をしに来なくなってしまう。それでは、慶応の野球ではなくなります」
慶応幼稚舎の教員でもある森林監督の発想は、「考えること」「話すこと」で集団、社会はより良いものになる――そうしたポジティブなものである。
「これからの世界はAI化が進み、人間には何が出来るのか、その価値が問われます。今までの高校野球は、監督、先輩の言うことを素直に聞く人材が高く評価されてきました。高度成長期だったらそれでよかったのかもしれない。しかし、これからは違います。考えない人材は、真っ先にAIに仕事を取って代わられてしまいますよ。高校野球界がそうした人材ばかりを輩出していていいんでしょうか?」
森林監督が望んでいるのは、ヘアスタイル論争ではなく、こうした次元での議論が広く行われることだろう。
「昨夏よりも強い」仙台育英
さて、決勝戦である。
慶応の相手は連覇を狙う仙台育英だ。
個人的なことを書くと、仙台育英は私の故郷である宮城県の代表であり、東北にゆかりのある人間として、須江航監督にパワーをおくるように要請された側の立場になる。
そして慶応は、高校野球の取材で最も刺激を受けた学校である。