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「全部が倒せるパンチなんで」井上尚弥を元世界王者・山中慎介が分析…”神の左”が驚いたある場面とは?「僕が思わずうなったのは…」
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byGetty Images
posted2023/07/25 11:00
ジェイソン・モロニーを沈めた井上尚弥の右ストレート。”神の左”と恐れられた元世界王者・山中慎介が驚嘆したあるシーンとは?
「もっと上にパンチを入れておいてから、空いてくるボディーを狙うのが一つのセオリー。それなのに即ボディーでダウンですからね。普通のボクサーなら難しいってことをいとも簡単に、それも序盤からやってのける。いろいろな距離でいろいろなパンチを打てるから、どんな状況でもやれると思うんです。彼の場合はどのパンチでもダウンを取れますから」
ロドリゲス戦が「前に出ていく変化」とするなら、ノニト・ドネアとの第1戦から約1年後となるラスベガスでのジェイソン・マロニー戦(2020年10月31日)は逆に「前に出ていかない変化」があった。
マロニーはWBSSでロドリゲスに1-2判定負けしたものの、ディフェンスに長け、フットワークを駆使するタイプ。それだけにいくら井上といっても、捕まえにくいのではないかという声も聞こえていた。
「相手のパンチと同時に合わせていける」
序盤における井上の戦い方が決して悪かったわけではない。
「約1年ぶりの試合なのでまずは様子を見ながらというところもあったとは思います。ただジャブの差し合いでも威力が違っていましたし、右もどんどん出していました。プレッシャーで下がらせていたし、距離感としても悪くない。ポイントもほぼ取っていたでしょうから。
しかしマロニーは常に動く選手。井上選手が得意とするボディショットもあれでは当てづらいというところはありました」
このままラウンドを進めていけばいずれ捕まえそうな気配があったなかで、追い込まれつつあったマロニーではなく、井上のほうから先に動いた。
5ラウンドに入ると井上は前に出ていく足を止め、距離を取ってマロニーを逆に誘い込む。これがドンピシャではまり、ノーモーションからの右ストレートなど強打をカウンターで合わせていったのだ。
「攻めてはいても決定打につながっていなかったんで、セコンドからの指示もあって“待ち”のほうにシフトしたんでしょうね。前に行かないというよりも、前に行きすぎない。前に出て外して打ってというのがマイク・タイソンのようなインファイター。前に行きながらも、相手のパンチが来ると同時に合わせていけるというのは井上選手ならではだと思います」
6ラウンドには左フックを合わせてダウンを奪う。そして迎えた7ラウンド、パンチを見切ったようにガードを下げて跳ねるようなステップから左ジャブを見舞い、最後は相手が右を放つタイミングで右ストレートを決めて、キャンバスに沈めている。