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「棋士になりたい」と大手企業を退職…アマから編入試験に挑戦、小山怜央さんに漂う“藤井聡太五冠のような寄せ”と人間性とは 

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田丸昇

田丸昇Noboru Tamaru

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posted2022/12/13 11:03

「棋士になりたい」と大手企業を退職…アマから編入試験に挑戦、小山怜央さんに漂う“藤井聡太五冠のような寄せ”と人間性とは<Number Web> photograph by JIJI PRESS

棋士編入試験5番勝負第1局で徳田拳士四段(左)に勝利し、対局を振り返るアマチュアの小山怜央さん(代表撮影)

 2016年1月、私こと田丸昇九段は東京の将棋会館での飯塚-小山戦を将棋雑誌の取材で観戦した。大広間の対局室ではC級1組順位戦が行われていた。小山さんの周囲は棋士ばかりで、初めて経験した緊張感に戸惑ったそうだが、盤面にひたすら集中していた。席を立ってほかの対局を見るようなことはせず、正座をずっと崩さなかった。実に真摯な対局態度だった。

 小山さんは185手もの長手数の激闘の末に敗れた。後日に「終盤で相手陣にかなり迫りましたが、少し届きませんでした。とにかく熱戦になって良かったです」と私に語った。

 小山さんは大学を休学し、2016年8月から三段リーグ編入試験を23歳で受けた。関東奨励会の二段、初段と対戦し、8局のうち6勝すれば、三段リーグに期限付き(4期)で参加できる。しかし、2勝3敗で不合格となった。4局目の勝利は、伊藤匠初段(現五段)との香落ち戦だった。

アマがプロ公式戦に出場するのは容易ではない

 里見香奈女流五冠は、2021年7月から2022年5月までのプロ公式戦で10勝4敗の成績を挙げた。《10勝以上・6割5分以上の勝率》という条件を満たし、2022年8月から「棋士編入試験」を受験した(結果は3連敗で不合格)。

 トップ女流棋士のプロ公式戦への出場機会は多い。里見のように成績が良ければ、1年ほどの期間で前記の成績は可能だ。しかし、アマがプロ公式戦に出場するのは容易ではない。主要アマ棋戦での優勝や上位進出が条件となる。

 小山さんは、アマ出場枠が多い竜王戦と朝日杯将棋オープン戦で、プロ公式戦に何回も出場した。前者の持ち時間は各5時間、後者は各40分と対照的だ。

 2018年12月、小山さんは竜王戦の対局で勝った。その勝利が起点になった。プロ公式戦で2019年は1勝2敗、2020年は2勝1敗、2021年は3勝2敗と、勝ち数を積み上げていった。2022年1月の時点で7勝5敗。あと3連勝で棋士編入試験の受験資格を得られる。

仕事をしながら将棋を研究することに限界を感じたという

 小山さんは2018年4月、将棋部が強いことで知られる大手企業に就職した。やがて、棋士編入試験が視野に入ると、仕事をしながら将棋を研究することに限界を感じたという。2021年の春、「棋士になりたい」という理由で上司に退職を伝えた。自分の夢を実現するために、退路を断ったともいえる。

 その後、高性能のパソコンを購入し、AI(人工知能)を使った将棋の研究に取り組んだ。生活の基盤を整えるために、将棋講師として将棋教室やオンライン形式でアマに指導した。

 小山さんは2022年7月、8月に朝日杯将棋オープン戦で2連勝。9月中旬に中川大輔八段と対戦した。棋士への一歩となる大きな一番だ。中川八段は以前に得意にしていた横歩取りの戦型に誘導したが、小山さんは堂々とした指し方で快勝した。宮城県生まれの中川八段は、同じ東北出身者として、棋士編入試験に向けて小山さんを激励したという。

【次ページ】 “勝率9割の精鋭”徳田四段に勝利

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小山怜央
徳田拳士

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