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オリンピックPRESSBACK NUMBER
「少年院は引退後の夢を叶えてくれた場所」元”スーパー女子高生”小林祐梨子が後悔する現役時代「”できません”のたった5文字が言えなかった」
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byYu Shoji
posted2022/07/21 17:02
兵庫県加古川市にある播磨学園で教壇に立つ小林。”スーパー女子高生”は教師になっていた
「数学が将来なにかの役に立つかと聞かれたら、直結しにくいと思うんですよね。ただ、計算を通じて『できる』という自信を植え付けたいのと、『できない』と言える勇気を身につけてほしい。私は陸上で『走れない』『できない』っていう気持ちを出せなかったので、まずはできない自分を認めること、そこから少しずつ成長につなげることを大切にしています」
ただ、18、19歳の少年たちが小学生レベルの問題を「できない」と言うのはかなりハードルが高い。小林さんも「初めは『わかる?』って聞いても黙ってコクンとうなずくだけでした」と振り返る。そのなかで印象的な出来事もあった。
成功体験を植え付けてあげたい
「私がいくら話しかけても全く反応しない子がいたんですよね。結局、一度もその子の声を聞くことのないまま最後の授業を迎えたら、『わかりません』ってボソッと言ってくれて……。『ゆえたやん!』と内心大喜びでした。たとえ小学生レベルの問題だとしてもできないことを認めて、できるようになるという成功体験を植え付けてあげたい。だから掛け算や割り算が解けなくても『ダサい』なんて思わずに、『いい間違いをしてくれたね』ってポジティブに声をかけています」
少年院に入る少年たちは家庭内暴力やネグレクト、発達障害に対する周囲の無理解などにより、自尊心を傷つけられ、感情表現が苦手な子も多い。計算指導は単に計算能力を身につけるだけでなく、彼らとのコミュニケーションを通じて、失いかけた自尊心を育む場にもなっている。
そして、小林さんにとっては陸上人生での「後悔」を少年たちに還元する場でもある。
「いま少年院で彼らと向き合っていると、『ああ、私は陸上やっているときにできないことを認められなかったな』ってつくづく思うんです。『できません』のたった5文字なのにプライドが邪魔をして言えずに、ずっとできるフリをして最後の4年間を過ごしてしまいました。だからこそ『できないことを認められただけで一つの成長なんだよ』と彼らには伝えたい。彼らの成長を一緒に見届けられるのがうれしいし、少年院で過ごす時間が一番の生きがいですね。坊主で入ってきた子たちの髪の毛が伸びるとそろそろ仮退院だなと寂しくなりますが……」
小林さんのオフィシャルサイトには出院した元生徒からの近況報告やお礼のメールが度々届く。出産で産休に入る際には少年たちから直筆の寄せ書きが贈られた。陸上を通して得た思いは、少年たちの更生の一助へと昇華している。
<前編/#1につづく>
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