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《65歳直前の引退危機》「その規定は私が強く主張してきたもの」 将棋界の「序盤のエジソン」がタメ息…AI時代の変化とは
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byJIJI PRESS
posted2022/01/23 17:01
2012年、日本将棋連盟の専務理事に就任した頃の田中寅彦九段
一時は「隙あらば穴熊」がプロ感覚の最先端となっていたはずだが、いまは、例えば矢倉から穴熊への組み替えを積極的に行なおうとするプロはいなくなってしまった。争点とのバランスを、玉将の居場所の調整でうまくやるのがなによりも大事な時代だからだ。
田中の発想はAIと同じ方向性だったのだが
矢倉で飛車先を突かない画期的な作戦も、進化を続けるAIにはまったく評価されなかった。序盤戦の指し手の優先順位が厳しく評価されるという意味で、田中の発想はAIと同じ方向性だったのだが、飛車先はズンズンと素早く伸ばすべしがいまのAIの考え。全盛時の田中が面白いように勝ち星を稼いだ飛車先不突矢倉だったが、現代では真似る人がいなくなった。
「感覚の変化について行けていない自覚は、実は早い時期から感じていました。とはいえ、経験という武器で自然にクリアできていくものだろうとも思っていたんですよ。しかし、そのスピードはあまりにも速過ぎました」と、田中の嘆息だ。
AI導入の必要性を感じながら、大きく出遅れてしまった劣等感のような思いを乗り越えられずに、いまだに研究に取り入れられていない棋士が実は少なくないという。それを、アナログ世代、デジタル世代と単純に色分けするだけで済む話ではなさそうだ。出遅れても、AIを玩具のように可愛がって手の内に入れかけている森内俊之九段のような棋士も存在するのだから。
田中の今年度の順位戦は、8戦を終えて1勝7敗。53人の大所帯で、昇級3人降級点11人を争う戦いで、ここまで来てしまえば残り2戦を連勝する以外に生き残る道はない。
「2月10日の黒沢(怜生六段)戦が鬼勝負になります」と、ここでやっと田中らしい前向きな表情が戻った。相手はここまで6勝2敗と昇級の可能性を残しているデジタル棋士。地位をかけた戦いはその内容にも大いに注目したい。