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浅野拓磨のクイックネスが素晴らしすぎたボーフムの夜 献身的なフリーランニングで地元ファンの心も鷲掴みに
text by
島崎英純Hidezumi Shimazaki
photograph byGetty Images
posted2021/11/08 17:03
今季よりボーフムでプレーする浅野拓磨。旧知の記者が現地で目の当たりにした進化した姿とは?
あの湯気には様々な成分が混じっているはず。高温の鉄板で焼かれたソーセージの匂い、愛煙家がふかすタバコの煙、一桁台に達した気温のなかで発せられる人いきれ。街中から離れ、閑静な住宅街のなかに建つスタジアムではサッカーという競技が醸す独特の空間が形成され、沸々としたマグマのような感情が吹き出しているように見えました。
セルビアではキャリアハイとなる年間得点をマーク
浅野のことを気にかけていました。セルビアでは彼自身キャリアハイとなる年間得点をマークしながら、給与未払いなどの副次的な問題が生じて当地を後にする決断をしました。彼が新天地として求めたのはヨーロッパでのキャリアを最初に刻んだドイツでした。彼が選択したボーフムというクラブは昨季、2009-2010シーズン以来11年ぶりとなるブンデスリーガ1部への復帰を決め、地元の期待はいやが上にも高まっていました。
試合前のウォーミングアップを観察するのが好きです。特に注目している選手の一挙手一投足を目で追い、その動きを確かめたうえで試合を観ると、その選手の心情をうかがい知ることができるように思うのです。
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この日、浅野は躍動感に満ち溢れていました。そう思えました。シュート練習では弾むような挙動でボールを捉えていましたし、ダッシュの一歩目も鋭く感じました。
ボーフムへ移籍してからの彼は内転筋の痛みに苛まれましたが、その負傷も癒え、日本代表の一員として出場したオーストラリア代表とのタフマッチで、相手のオウンゴールを導く成果をも携えた彼には、充実感が漂っているように見えたのです。
メインスタンド上段中央の記者席に腰を据えて辺りを見渡すと、アジア人の姿は僕以外ほとんど見当たりません。コロナ禍のため気軽にヨーロッパを観光できる状況ではなく、ドメスティックな雰囲気が漂うスタジアムには個人的に威圧感を覚えています。
長谷部の左脇へスルーパスを通してゴールを演出
浅野のポジションは4-3-3の右ウイングでした。僕のいるメインスタンドからは直近のラインに居て、筋骨隆々とした体躯を間近に捉えることができました。
ボールへのファーストコンタクトでは、競り合いで「バチン!」という音がしました。ブンデスリーガでは局面バトルを恐れてはならず、そこから逃げる者はプレースキルの質以前に味方、そして敵の双方から評価されません。
ボーフムの1トップであるセバスティアン・ポルターは192cm、94kgという体躯を誇ります。そのターゲットマンと対峙するのは長谷部誠。そう、この日はホームのボーフム、アウェイのアイントラハト・フランクフルトというマッチメイクで、スタンドの状況とは異なり、この試合のピッチには浅野、長谷部、鎌田大地という3人の日本人選手が立っていました。
ボーフムのサイドバックであるクリスティアン・ガンボアがスローインを出した刹那、浅野がフリーランニング。ガンボアのボールに反応したポルターがバックヘッド気味に前方へ流すと、それを受けた浅野がリベロを務めた長谷部の左脇へスルーパスを通して、FWダニー・ブルームのゴールを導きました。