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“ロンドンでの惨敗”から9年、柔道男子はなぜ復権できたのか…高藤直寿が優勝直後に井上康生監督に“謝罪”した理由とは
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2021/07/28 17:03
柔道男子81kg級で金メダルを手にした永瀬貴規を抱きしめる井上康生監督。ロンドン五輪から9年、日本柔道は復権を見せている
気合の練習ではなく、根拠ある練習を
そのあとに就任した井上監督は、強化にあたっての改革に取り組む。
1つは代表合宿での練習方法だ。それまではとにかく何十本と打ち込みをやる、走り込むといった具合であったのを、何かしらの課題やテーマを掲げ、それに応じた練習メニューを実施。また、科学的データも導入してトレーニングにいかすなど、合理性のある強化を行なった。
その姿勢は練習にのみいかされたわけではない。情報分析担当を置き、海外の選手の戦い方や特徴などを数値化して分析、研究に取り組んだ。
「情報をいかせる時代なので、それを用いない手はありません」
根拠に基づくことで、選手に対しても説得力が生まれ、信頼関係を築いていく土台となった。
所属先のチームにはコーチを派遣し、選手の状態を把握するように努めた。当然、コンディションを無視して練習させるようなことはなくなった。
金メダルを獲れなかった選手の表彰式で
選手との向き合い方も変わった。
井上監督は就任後、選手との対話を重視した。「上から」ではなく、真正面から話を聞き、そしてアドバイスを送った。年齢が下であろうと、代表クラスの選手たちも一個人として自負や誇り、信念を持っている。それらを尊重する姿勢がそこにあった。
首脳陣と選手との関係性の変化は、ロンドンとリオでのエピソードを振り返れば、より強く感じられる。
ロンドンで物議を醸したのは、メダルは獲得したものの金メダルではなかった選手の表彰式を監督が見届けることなく会場を後にしたことだ。金メダル獲得を至上命令とする柔道ではあるが、柔道界の内外から疑問視する声が上がった。
リオ五輪では、初日の60kg級で高藤が銅メダルを手にした。金メダルを目標にしていた高藤は、悔しさに涙を見せた。その高藤に対し、井上監督はこう語った。
「誇りに思います」
2日目の66kg級、海老沼匡も銅メダルで終えたが、井上監督はこう評した。
「海老沼は最高のプレーヤーです。4年間、いろいろな苦労や困難と戦ってきたので、苦しみながら葛藤と戦い、よくここまでやってくれました」
強化の方向性、選手との関係性、これらを変化させた結果、リオでは金メダル2つを含む全階級でメダル獲得を達成し、ロンドンからの復権を印象付けた。