酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
桑田真澄コーチ「9回135球」論の理想? 大野雄大、田中将大の“超効率投球”とメジャー最強腕バウアーの頭脳
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byKyodo NEWS/Hideki Sugiyama/Getty Images
posted2021/02/14 11:01
2020年の大野に2013年の田中、そしてバウアー。彼らのような投手が桑田コーチの「9回135球」論の理想像かもしれない
これらの変革の多くは、野球の現場の選手やコーチから出てきたものではない。トラッキングシステムなどの新たな計測システムが導入されるとともに、そうしたシステムを駆使できる統計データの専門家や動作解析の専門家が球団に雇用されて、次々と新たな指標を提案。それを現場の指導者、選手が理解し、導入したものだ。
つまり従来ならば「素人」とされる野球の部外者が統計データを取り、新たな事実を発見し、野球界にフィードバックすることでMLBはどんどん変化してきたのだ。
MLB全球団にデータアナリストがいる
現在のMLBでは30球団すべてにデータアナリストがいる。彼らの中にはウォール街で働いた金融工学の専門家や、NASAでロケットの軌道計算をしていたような一級の頭脳の持ち主もいる。彼らによってMLBの野球は劇的に変化したのだ。
NPBでもデータサイエンティストやバイオメカニクスの専門家を雇用する球団が増えた。筆者は昨年、各球団の関係者の声を聞くリモートのイベントに参加した。球団によってはそうしたデータを有効に活用しているところもあったが、中には「コンピュータ係」のようになって、球団のシステムのメンテナンスや故障の対応までさせられている人もいた。情報化のレベルでは、NPBはMLBに大きく立ち遅れているのだ。
大投手でありながらバイオメカニクスの専門家
桑田氏は、NPBで173勝を挙げた大投手ではあるが、同時に早稲田大、東京大の大学院で学んだ研究者であり、バイオメカニクスの専門家である。
見方を変えれば「9回完投135球」は、桑田真澄という稀有の経験を併せ持つサイエンティストがプロ野球界に向けて提示した新たな考え方だということができよう。
桑田氏は量だけを追求する練習や、やみくもな走り込みなど、従来のトレーニング方法に疑問を呈し、効率的で集中的な練習をすべきとした。また暴力、暴言を断固として否定した。その知見の広さ、深さは現代の野球人としては群を抜いている。また日本伝統の指導に対して厳しい批判の目を向ける見識の高さも有している。
そうした考えは、ベテランOBの反発を買ったり“喝!”をもらったりしているが、桑田氏は今のプロ野球の在り方そのものに疑問を呈し、新たな方法論を提案している。その方法論の一つとして「9回完投135球」が出てきたのではないか。