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なぜ田澤純一は“下位指名”すらされなかった? 日ハムスカウトの証言「新人選択会議という名称ですから…」
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byJIJI PRESS
posted2021/01/29 17:03
昨季のBCリーグで登板する田澤純一。ドラフト会議では指名されず、台湾球界入りする
08年のドラフト当時、自信家ではなかった田澤がもっとも大事にしたのは1年目からバンバン投げる「即戦力」としてのプロ入りではなく、成長を見守ってくれる環境だった。
日本のトップアマだったとは言え、すぐに戦力になれるほどメジャーの舞台は甘くない。段階的に成長を促してくれるレッドソックスの育成システムに希望を見出し、決断したのである。
田澤は当時のことをこう語っている。
「僕がレッドソックスと契約したときは3年契約でした。ですから、最初からメジャーの舞台に立てると思っていたわけじゃないんですよ。社会人から日本のプロに行く場合は『即戦力』という見られ方をする。でも、当時の僕はその自信がなかった。自分がどうやったら成長できるかという観点で考えた時に、じっくり育ててくれるのがアメリカの方でした。誤解されているので理解してもらいたいのですが、僕はNPBが下でメジャーが上と見ているわけではなくて、その時の自分が成長できる方を取っただけなんです」
あの時の選択に対して、NPBが今も根に持っているということはないだろう。もしそうであれば、9月に田澤ルールを撤廃することはなかったはずだ。しかし、指名がなかったのは「ドラフト根本のあり方と田澤を獲得することの意味がつながらないから」に他ならない。
「(田澤選手は)そもそも合致していない」
いわば、この一件は実力のある34歳の選手をドラフトで指名することに違和感があると判断したにすぎないのだろう。
大渕は今回の指名漏れについて、スカウトの現場レベルと決定機関であるNPBとの間にズレを感じたとこう語っている。