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「お前向いてねえよ!」コーチの父親とケンカも…陸上界を震わす153cmの女王・田中希実「5000m分割」の発想法
text by
林田順子Junko Hayashida
photograph byTakeshi Nishimoto
posted2020/11/04 17:00
今季、1500mと3000mの日本記録を更新した田中希実。12月の日本選手権では5000mで五輪代表切符を狙う。
やっぱり甘いわ、って思い切り殴られたような感じ
2月にニュージーランドのオークランドで行われた競技会に新谷と共に5000mに出走。すでにオリンピック参加標準記録を持っていた田中だったが、新谷に約8秒もの差をつけられ、優勝されたのだ。痛いほど意識の違いを見せつけられた瞬間だった。
「新谷さんは自己ベストを目指して、オリンピック参加標準記録を突破するぐらいの気合いで入っていた。一方僕たちは日本に帰って、4・5月ぐらいから徐々にエンジンを上げて行こう、6月にピークを持ってくるならこれぐらいでいいかって思っていた。もう最初から取り組む姿勢が違った。“これぐらいでいい”という取り組みの甘さですよ。あぁ、やっぱり甘いわ、って思い切り殴られたような感じでした(笑)」
打ちのめされた父娘は、帰国後、何度も相談を重ねたという。
「それまでは気持ちよく終われる練習をずっとやらせながら、目的に向かわせていたんです。でも、その時点から甘いよねという話になりました」
「なんで800mをやめなきゃいけないんだって」
5000mは駆け引きの競技といえる。スロースタートから入り、1000m付近で最初にギアが1段階上がり、振り落としが始まる。3000m付近でさらに一度ギアが上がり、ラストはメダルをかけた戦いになる。これまで、この振り落としに残れず、脱落していく日本人選手は多かった。
ギアが上がった時の世界のスピードにいかについていくか。コロナ禍で世界に出ることは難しい状況で、手っ取り早く世界のスピードを体感するにはどうしたらいいか。そのために健智氏が選んだのが、800mであり、1500mであり、3000mへの出場だった。
1段階ギアが上がった時の走りは3000m走、次のギアでの走りは1500m走、そしてラストの走りは800m走の動きを身につけることができれば、世界と戦えると健智氏は踏んでいる。
「今や世界のラスト1周のスプリントは、60秒を切るのが当たり前なのに、その動きができなかったら、全く歯が立たない。そのためには日本国内の800mの選手と渡り合う必要があるんです。なんで800mをやるのかとか、5000mひとつに集中してとか、すごい言われるんですけどね、なんでやめなきゃいけないんだって。それぞれの距離の走りを極めていった先に5000mがあるんです」