ラストマッチBACK NUMBER
<現役最終戦に秘めた思い(5)>
室伏広治「父がいたから孤独じゃなかった」
posted2020/11/04 07:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
AFLO
偉大なる父を師と仰ぎ、ハンマー投でアジア人史上初の五輪金メダリストに輝いたレジェンドが最後の投擲に懸けた思いとは。
2016.6.24
日本陸上選手権
男子ハンマー投決勝
成績
12位 64m74
◇
名古屋市南東部、緑に囲まれた瑞穂陸上競技場には雨が落ちていた。細かい雫に濡れた芝の上、男子ハンマー投の決勝が始まろうとしていた。
サークル脇に設営された選手用テントの前で、競技者たちが紹介されていく。恒例のシーンの中で『室伏広治くん!』という場内アナウンスに、際立った歓声が起こった。出場選手最年長の41歳、元世界王者は、明らかに隔絶した存在だった。
一投目。7.26kgのハンマーを手にした室伏がサークルに入ると、競技場は静まった。鉄球の円運動とともに高速ターンが始まる。遠心力と引っ張り合うように体を傾ける。世界に誇る4回転スローから放たれたハンマーは60mを超えた地点に落ちた。
《もう少し投げられたと思うんですけど……、自分が思ったよりも記録が悪かった》
顔をしかめた金メダリストはペロッと舌を出した。64m74。世界歴代4位の自己記録に20m足りなかった。1995年から20連覇を果たした日本選手権への出場は2年ぶりのことだった。その間、試合に出ておらず、100回を迎えたこの大会へのエントリーを決めたのも数カ月前のことだった。身体が万全でないのは明らかだったが、それでもサークルに立ったのはなぜか――。