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箱根を走った東大院生が追求する
「アスリート兼研究者」という生き方。
text by
吉田直人Naoto Yoshida
photograph byGMO Athletes
posted2020/04/19 09:00
GMOインターネットグループ所属の近藤秀一(左)。東大4年時の2019年には学生連合の一員として箱根駅伝を走った。
被験者に「おもしろい」と言われたい。
近藤が喜びを感じる瞬間は、計測結果を被験者に説明する際に、「おもしろい」と言われた時だという。
説明を通じて、データ表に並ぶ数字が意味のあるものとして立ち上がってくる。これまでただ練習を積んできたランナーにとっては、近藤の言葉によって、自らの身体に対する解像度が高まることになる。
「数字に意味づけをするということですね。その結果、たとえば自分に合った練習方法を見出すことができたら、『おもしろい!』って思うはず。研究と競技がつながっていく楽しさを、少しでも多くの人に感じてほしいですね」
近藤は陸上の話をする時、目を輝かせ、早口で話す。計測したデータを解説する時も、おそらく同じ表情をしているはずだ。「人が走っている姿を見るだけで楽しい」という無類の陸上好き。実験の対象に人間を選んだのも必然だったのかもしれない。
「今の研究にはかなり愛着があります。僕の競技人生はまだまだ続きますが、15年間続けてきた陸上を、1つの研究として表現できたらいいな、と」
「速い人に勝ちたい、そこに理屈はありません」
今年2月2日。別府大分毎日マラソンに出場した近藤は、直前の故障が響き、2時間29分28秒で72位に終わった。
同レースでは、4月からGMOインターネットグループに加入している吉田祐也(青学大=当時)が2時間8分30秒でゴール。さらに、大迫傑の日本記録に沸いた3月の東京マラソンでは、同僚の下田裕太と一色恭志が2時間7分台をマークした。
近藤の自己記録は2時間14分13秒。仲間たちの躍進を横目に見て、「やっぱり悔しいです」と言う。
高3時は、静岡県高校駅伝1区で下田(加藤学園高=当時)に競り勝ち区間賞を獲得した。東大でも無論エース。近藤にとっては、自らがチームの筆頭ではない経験は、今が初めてなのだ。これまで以上に闘争心を燃やさなくてはならない環境下、近藤のアスリートとしての一面が顔をのぞかせた。
「今、自分は“結果を出せていない側の人”になってしまっています。チームに速い人がいる以上は勝ちたいです。そこに理屈はありません。まずは万全の状態でレースに臨むことを大切にしたい。競技者としての当面の目標は、マラソンでサブテン(2時間10分以内)です」
一方で、もう1つの視点からも、同僚たちを見ている。“陸上オタク”もとい、運動生理学研究者としての目である。近藤は、こう意気込む。
「今までいろいろなランナーのデータを取ってきましたが、今一番知りたいのが、トップランナーのデータです。だから、GMOの選手たちが実験に協力してくれたら、もう最高ですね。そうなれば、かなり面白い研究になるはずです。想像しただけでワクワクしますよ」
「1つ1つの数字に意味がある」と近藤は言う。ランニングとアカデミズムが同一線上にある彼にとって、今の世界は宝箱のようなものかもしれない。上り調子の日本マラソン界にあって、近藤の存在は、間違いなく唯一無二だろう。