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<エールの力2019-2020 vol.7>
野口啓代「大声援の力で限界を超えられる」
posted2020/02/25 11:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
AFLO
スポーツクライミング日本代表の野口啓代さんは、恐らく世界一“壁と過ごした”アスリート。
大げさではない。
牧場を営む父がクライミングに熱中するあまり、使わなくなった牛舎に壁を造ってしまったのだ。それは身体を動かすのが大好きだった少女にとって、絶好の遊び場となった。
子どものころの野口さんには、学校から帰ってからのルーティンがあった。父と一緒に設定した課題に取り組むのだ。
「まずオブザベーションといって、どういう手順で登っていくかをイメージします。そこから実際に登り始めるわけですが、ひとりだとどうしても煮つまって力が出ない。ですから、父に頼むんです。“次は7時半に見に来てね”という具合に」
ウォーミングアップ、オブザベーション、練習を完全に終えたころ、搾乳など仕事をいち段落させた父がプライベートウォールにやって来る。
ここから、娘と父の本気トライが始まるのだ。
「ガンバ! ガンバ!」
「気合い入れていこう!」
「いいよ、いい感じだよ!」
大好きな父の声援を背に、無心で壁を登るのだ。
「父に見てもらうと、不思議と力が出ました。だれかが見てくれて、声援をもらえるのが心強いんでしょうね。ですから私は、当時もいまも練習より大会のほうがいいパフォーマンスを出せるんです」
クライミングならではの応援文化とは。
スポーツクライミングには、この競技ならではの応援文化がある。
「落ちついて!」や「あきらめるな!」という声はいいが、「次は右手!」、「左足をかけて!」といった攻略のヒントにつながる声をかけてはいけないことになっている。
そのため、各国で基本のかけ声が決まっている。
日本なら「ガンバ」、アメリカなら「カモン」、フランスなら「アレー」、中国なら「加油(ジャーヨー)」など。
試合会場では、ファンに加えて出場選手たちの声も飛び交う。
「選手はみんなライバル同士ですが、互いに応援し合うんです。私たちがフランスの選手を“アレーアレー!”と応援するときもあるし、反対に彼らが私を“ガンバガンバ!”と応援してくれるときもある。日本人選手同士でも同じです。そしていいパフォーマンスをした選手を、素直に祝福する。そういうところが私は大好きなんです」