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<エールの力2019-2020 vol.7>
野口啓代「大声援の力で限界を超えられる」 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

PROFILE

photograph byAFLO

posted2020/02/25 11:00

<エールの力2019-2020 vol.7>野口啓代「大声援の力で限界を超えられる」<Number Web> photograph by AFLO

今でも忘れられない、力強い声援。

 キャリア20年。日本のクライミング界を長く牽引してきた野口さんには、忘れられない声援の思い出がある。

 それは昨年8月に行なわれた、東京・八王子での世界選手権でのこと。夏の東京への出場権がかかる、「絶対に負けられない大会」だった。

 女子複合決勝第1種目のスピードを7位で終えた野口は、続く得意のボルダリングで巻き返し、総合2位、日本人1位に浮上する。そして最終種目のリードにすべてを懸けた。

 前半こそ軽快に登り始めた野口だったが、中間部にきて急に身体が重くなった。

「心身ともに疲れ果てていました。それまでも多くの大会に出ていましたし、絶対に日本人トップにならなきゃいけないプレッシャーで、身体が限界に来ていたんです」

 最上部はまだまだ遠く、トップを見上げる野口さんは思わず気がめいりかけた。

 そのときだった、いままでにないほど力強い声援が押し寄せてきたのは。

「驚くほどの大声援でした。会場中のみんながガンバ! ガンバ! と大きな声で叫んでくれて。あの大会は私たち日本人にとってホームでしたが、それにしてもすごい声援でした。あの声を背中で感じた瞬間、不思議なくらい疲れがなくなったんです」

耳に届いた、ライバルからの励まし。

 会場を揺さぶるような大声援に押されるように、野口さんはふたたび登り始める。彼女は限界を超えたのだ。

 いつでも冷静でいることを心がける彼女の耳は、声援の一つひとつを感じ取っていた。その中には、ライバルでもある日本人選手の声もあった。

「クライミングには、競技を終えた選手があとから出てくる選手を応援する文化があります。八王子でもそうでした。私は日本人選手4人の中でいちばん最後に競技を行ないましたが、下で見ている3人が本来ならライバルなのに、私をものすごく応援してくれて。疲れ切った中でもう一度力を出すことができたのは、間違いなく声援の力だと思います。競技が終わったあとも、選手たちみんなが私のパフォーマンスを祝福してくれて、ほんとうに幸せな気持ちになりました」

【次ページ】 東京の大舞台への思いは「最」。

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