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井上尚弥を支えたカットマンの仕事。
緊急事態はいかに乗り越えられたか。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2019/11/30 11:50

井上尚弥を支えたカットマンの仕事。緊急事態はいかに乗り越えられたか。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

試合中は激しく流れていた血が、試合後には止まっていた。井上尚弥を支える人々がいるのだ。

「何もらった?」「これか……」

 カットマンの仕事は傷の状態を見極めることから始まる。井上の傷は右まゆの下、横に2センチほど切れていた。まずはガーゼで抑えて圧迫。30、40秒してから小さな脱脂綿と綿棒を使ってアドレナリン液を患部につける。最後に傷口の上からワセリンを塗る。

 この作業をラウンド間のインターバル、1分の間に終えなければならない。時間との戦いををインターバルのたびに繰り返すことになる。

「圧迫が止血の一番の基本です。注射をしたあとにガーゼで抑えて血が止まるでしょう。あれと同じです。アドレナリン液は血管を収縮させる効果があって、商品名の『ボスミン』と呼ぶことが多いです。世界戦ではこの薬品しか使えません。

 ワセリンは血を止めるためではなく、パンチを滑らせるためのもの。あまり止血とは関係ないですね。止血する上で何より大事なのは慌てないことです」

 2ラウンドを終え、コーナーに戻ってきた井上は「何もらった?」と出血の原因となったパンチを真吾トレーナーに問いかけた。やがて大型ビジョンにドネアの左フックを食らった自らの姿が映し出されると「これか……」とつぶやいたという。

 そして3ラウンドが始まる直前、「血止まってる?」と周囲に聞いた。答えたのは佐久間トレーナーだ。「だれが止めてると思ってんだよ。大丈夫だよ!」。血はバッチリ止まっていた。

血を止められなければTKO負け。

 止血が大事な理由は2つある。ひとつは血が目に入ることによって、視界が遮られ、戦いにくくなること。もう1つは出血がひどくなると、レフェリーが安全管理上の見地から試合をストップすることだ。

 出血の原因が偶然のバッティングの場合、試合の前半であれば引き分け、試合の後半であれば試合がストップしたラウンドまでの採点で勝敗を決する。

 出血の原因が有効なパンチである場合は、血を流している選手がTKO負けとなる。井上はドネアの有効なパンチで出血していた。もし血を止められなければ、井上はTKO負けになる。緊急事態だった。

【次ページ】 鼻血より目の方が心象に影響する。

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