ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥を支えたカットマンの仕事。
緊急事態はいかに乗り越えられたか。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/11/30 11:50
試合中は激しく流れていた血が、試合後には止まっていた。井上尚弥を支える人々がいるのだ。
鼻血より目の方が心象に影響する。
「インターバルに止血をして、次のラウンドが始まったときが大事です。切れたところを打たれたら、当然血はまた流れるんですけど、打たれる前から血が流れるようでは、レフェリーに『この傷はかなり深い』と悪いイメージを与えてしまいます。あの試合ではうまく止まっていました」
井上は鼻血も出していた。佐久間トレーナーは綿棒にアドレナリン液をつけて鼻の穴に突っ込んで止血した。試合後に鼻の近くの骨が折れていたことが判明するのだが、井上は鼻血はあまり気にしていなかったという。
佐久間トレーナーも「鼻血で呼吸がしにくくなることはあるけど、鼻血がひどくて試合を止められることはあまりない。目に力を注いだ」と語っている。
井上の実力と、カットマンの完璧な仕事。
8ラウンド、ドネアのパンチを浴びた井上の傷が深まり、再び血を流してコーナーに帰ってきた。佐久間トレーナーはここも慌てずに対処する。
井上は11ラウンド、左ボディブローでドネアからダウンを奪って12ラウンド判定勝ち。大役を果たし終えたカットマンもほっと胸をなでおろした。
「やっぱり尚弥はすごいと思いましたね。出血すると弱気になったり、焦ってしまったりする選手がいるんですけど、尚弥は眼窩底骨折(のちに判明)で、ものが二重に見えたにもかかわらず、まったく落ち着いていました。
呼吸が乱れないんですよ。そういうことも血が止まる、止まらないと関係するような気がするんです。焦ったりしない心の強さも含めて『尚弥だから止まった』というところがあったのかなと思っています」
井上は井上の実力によってドネアに勝利した。その実力は陰の功労者、カットマンが完璧な仕事をしたから発揮できたのもまた事実だった。