ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥を支えたカットマンの仕事。
緊急事態はいかに乗り越えられたか。
posted2019/11/30 11:50
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Takuya Sugiyama
あの井上尚弥がまさかの出血――。
11月7日、さいたまスーパーアリーナで行われたWBSSバンタム級決勝、井上尚弥(大橋)とノニト・ドネア(フィリピン)の激闘で、井上がドネアの左フックを食らって右まぶたから血を流した姿は記憶に新しい。
圧勝を重ねてきた井上がキャリア初の出血というピンチに見舞われ、重要な役割を果たしたのがチーム井上のカットマン、佐久間史朗トレーナーだ。今回はあの一戦における佐久間トレーナーの動きを通して、カットマンの仕事を紹介したい。
ボクサーは試合中、パンチをもらい、頭をぶつけ、顔に傷を作り、血を流す。それを止めるのがカットマンの仕事だ。
目の上を切ったり鼻血を流したりすることが多いが、額や頭部、耳、口びるなどが切れることもある。あらゆる傷がカットマンの守備範囲だ。
井上が強すぎて出番がなかった。
止血はセコンドに入るトレーナーの仕事の1つであり、たいていはトレーナーがカットマンを兼務する。ただし、世界には「あいつの止血は抜群だ」との評判が立ち、カットマンとして重要な試合に駆り出される腕利きも存在する。
井上の止血を施した佐久間トレーナーも普段は井上の従兄弟、日本スーパー・ライト級王者の井上浩樹らを指導するトレーナーだ。20代後半でトレーナーの道を歩み始め、元WBA世界ミニマム級王者、星野敬太郎のチーフセコンドを務めるなど、世界タイトルマッチの舞台に何度も上がった経験を持つ。現在は48歳だからおよそ20年のキャリアだ。
井上のチーフトレーナーは、言わずと知れた父の真吾トレーナーである。そこで佐久間トレーナーは井上が世界チャンピオンになってから、カットマンとしてのチーム入りを大橋秀行会長に直訴して認められた。
以来、常に万が一に備えていたものの、井上はいつもきれいな顔で試合を終わらせてしまうため、これまでは出番がなかった。ようやく仕事がめぐってきたのがドネア戦だったというわけだ。