Sports Graphic NumberBACK NUMBER
<特別対談 後編>
室屋義秀(パイロット)×野村忠宏(柔道家)
「好きなこと、だから続けられる」
posted2019/12/20 11:30
text by
別府響(文藝春秋)Hibiki Beppu
photograph by
Tadashi Shirasawa
世界の頂点から見える風景とは、いったいどんなものだろうか?
普通の人が決してたどり着けない頂で、そんな稀有な景色を眺めることができた日本人は、決して多くはない。
エアロバティック・パイロットとして、いくつものショーやレースで活躍してきた室屋義秀と、五輪3連覇をはじめ、国内外で輝かしい実績を残してきた柔道家・野村忠宏。
この2人はそんな数少ない“頂点を知る”男たちだ。
両人の話を聞いていると、空の上と畳の上という戦うフィールドこそ違えど、王者として、ひとりのスポーツマンとして、紡ぐ想いにはどこか重なる要素が見えてくる。
対談の後編では、2人の世界王者だけが知る大舞台での重圧の大きさと、それぞれの後進育成論も語ります。
室屋義秀Yoshihide Muroya
1973年1月27日生まれ。3次元モータースポーツ・シリーズ「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」でアジア人初の年間総合優勝を果たす。日本国内ではエアロバティックス(曲技飛行)の啓蒙の一環として、全国各地でエアショーを実施するなど活躍。
野村忠宏Tadahiro Nomura
1974年12月10日、奈良県生まれ。'96年アトランタ、2000年シドニーと五輪2連覇を達成。2年のブランクを経て'04年アテネ五輪でで柔道史上初となる五輪3連覇を達成。'15年に40歳で現役を引退後は、国内外で柔道の普及活動を展開。自身の経験を元に、講演活動も多数行っている。
室屋 五輪で金メダルを獲ってからは、競技への取り組み方や精神面など、やはり変わりましたか?
野村 やっぱり変わりました。キャリアや実績を重ねていくことで考え方も変わってきましたし。でも、何度も五輪や世界大会を経験したので「大きな大会は慣れてるでしょ」と思われることも多いんですけど、あれは慣れるものじゃないですね。やっぱりどの大会も「負けたらどうしよう」という気持ちがあって。もちろん勝つために最高の準備はします。でも、やっぱり試合直前になると「もし負けたら……」という不安しかなくて。試合の前日はいつも2時間、3時間、寝たか寝てないかわからないくらいで、常に恐怖を感じていました。
室屋 僕は高校の授業でやったことがある程度なんですけど、柔道ってすごく厳しい印象があるんです。トレーニングも含めて、肉体だけを使った格闘技なので、本当に厳しい世界で生きてらっしゃるんだろうなと思っていました。特に柔道の場合は世界大会での重圧というのも半端じゃないでしょう。
野村 そうですね。日本代表として柔道で戦うというプレッシャーは確かにものすごいものがあります。優勝、金メダル以外は認められない空気が未だにありますし、なによりも選手自身が金メダル以外を求めていない。外部から受けるプレッシャーもあれば、自分で発するプレッシャーもあるんですけど、ただ、プレッシャーを感じられる幸せというのもあるんですよね。重圧というのは、期待の裏返しなので、自分自身に期待があるから重圧がかかる。だからこそ、競技者として生きてきた中で「プレッシャーを感じなくなったらおしまいだな」とは思っていました。室屋さんは大事なレースの前とか、集中するためになにかやりますか? それともそういうルーティーンはなく、自然体で入られますか?
室屋 試合に向けてはしっかり集中しますね。朝からしっかり座って、心の整理をする。レース中に意識をどう保つかとか、集中状態をどうやって作り出すかとか、いろんなシュミレーションをしますね。「集中した」という感覚も含めて、必ず朝にリハーサルをしてから試合会場に向かいます。野村さんはそういうのあります?
野村 私の場合は試合の畳に上がる直前にトイレに行って、自分の表情を見ます。やっぱりアスリートというのは、勝つときって周りから見てもいい顔しているんですよ。「なんかこの人勝ちそうだな、今日はすごく良い表情しているな」と思われる。だから本当に自分が戦える顔をしているか、勝負する目をしているのかというのを確かめにいきます。それを見て、顔をバシーンとたたいて勝負にいきます(笑)。さっきもいったように恐怖心やプレッシャーって絶対にあるんですよね。でも試合当日、畳に上がる時にその気持ちを引きずっていたら絶対に勝てない。なのでやっぱりどこかでそれを断ち切る作業というのはします。好きな柔道をやる以上、絶対に勝ちたい気持ちはありますから。