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「悲しみ」と「歓喜」のオヤジの涙。
朝乃山が紡ぐ高砂部屋の新たな歴史。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKyodo News
posted2019/06/03 16:30
初優勝の翌朝、墨田区の高砂部屋で親方と記者会見に臨んだ朝乃山。
新しい高砂部屋の歴史が始まった日。
パーティ終宴後、高砂親方は弟子たちを集め、涙をぬぐった笑顔で、自らをも鼓舞するようにこう言った。
「これをまた新たなスタートとして、新しい高砂部屋の伝統を、これからみんなで作って行こうな!」
そして、年が明けての1月初場所。石橋が怒濤の幕下全勝優勝で新十両昇進を決め、「朝乃山」を名乗る。皮肉にも、涙の乾く間もないほどにわずか1場所途切れただけの記録となった。
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思い起こせば、新しい高砂部屋の歴史が、この時からスタートしていた。
「オヤジ(親方)の笑顔が見られてよかった」
令和元年初めての本場所で、歴史に残る初優勝を果たした朝乃山。
2010年1月初場所の朝青龍最後の優勝以来、大勢の参加者で賑わう千秋楽パーティとなった。
喜びの宴のあと、古参力士から一通のメールが届いた。
朝乃山の優勝を喜んでのことかと思いきや、文面は、意外にもこの一言だった。
「オヤジ(親方)の笑顔が見られてよかったです。やっぱりオヤジは“もって”ますね」
師匠としての喜怒哀楽を十二分に噛みしめて来たであろう高砂親方は、「次は日本人横綱を育ててみたい」との想いを胸にしている。
現在63歳、停年退職まで約1年半の月日を残す。
夢を朝乃山に託し、高砂親方の満面の笑みが――いや、未だ流したことのない「歓喜の涙」を見る日が来るだろうか。