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<アトランタ主将の蹉跌>
前園真聖「五輪しかないのがずっと嫌だった」
posted2019/06/03 15:00
![<アトランタ主将の蹉跌>前園真聖「五輪しかないのがずっと嫌だった」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/1500wm/img_8130dd2504d529734cc3a66642f9b880159714.jpg)
'96年3月にマレーシアで開催されたアトランタ五輪アジア最終予選。前園はメキシコ五輪以来28年ぶりの本大会出場に大きく貢献した。
text by
![雨宮圭吾](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/9/c/-/img_9c0c3cc559ce2f9e434c1160e5b3707c9124.jpg)
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Naoya Sanuki
眼光鋭いドリブラーは五輪の重い扉をこじ開けた。だが短い栄華の後にあったのは泥沼の苦闘と大きな躓き。閉塞した才能を抱えた葛藤の先に彼は何を見つけたのか。(Number979号掲載)
光に照らされた先には影が映る。
光がまぶしいほど影は濃く、深くなる。
前園真聖は自分にまとわりつく影が嫌いだった。
5年、10年と経ち、引退しても消えない“1996年アトランタ五輪日本代表キャプテン”という肩書。
「僕はそれだけを言われるのがずっと嫌だったんです。アトランタのキャプテンと言われるってことは、その後の僕の実績はないんです。あれから2005年に引退するまで10年現役を続けていたのに。そういうモヤモヤをずっと感じていた」
![](https://number.ismcdn.jp/common/images/common/blank.gif)