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田臥勇太が語るNBAとスラムダンク。
平成バスケブームの「かっこよさ」。 

text by

村岡俊也

村岡俊也Toshiya Muraoka

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2019/04/25 10:00

田臥勇太が語るNBAとスラムダンク。平成バスケブームの「かっこよさ」。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

流川と仙道という天才同士の1対1や、言葉によらない対話ができる関係性が好きだと田臥は言う。

山王と能代、沢北と田臥。

 田臥が入学した能代工業は、『SLAM DUNK』に登場する山王工業のモデルとなっている。ユニフォームも同じ。作中で、「バスケットに興味のある者ならその名を知らない者はない」と言われた、全国一の強豪校。その高校の試合シーンを、まさにモデルとなった高校の寮で貪り読んでいた。

「下宿に1年生のジャンプ当番がいたんですが、3年生から先に読んで、だんだん下級生に降りてくるんで、なかなか読めない(笑)。立ち読みするようなコンビニもない田舎ですから、部員以外の生徒に頼み込んでました。待ち遠しくて、必死でしたよ」

 小学生のときから愛読していた『SLAM DUNK』の登場人物、桜木や流川が、“自分が所属する高校”の対戦相手となり、激闘を繰り広げている。高校1年生からレギュラーだった田臥は、現実と漫画の世界がオーバーラップするような感覚を味わうことになる。

 漫画の中で、山王工業のエース沢北栄治は、高校を中退して留学するつもりだと語り、8歳からアメリカに対して強く憧れていた田臥は、「そういう選択肢もあるのか」と、夢への歩みを少し前進させたという。

バスケブームの頂点は高校3冠。

『SLAM DUNK』の中では主人公たちが奇跡を演じて最強の山王工業に勝利し、その直後に物語の幕を閉じる。だが、現実では田臥たち能代工業は高校生活で手に入るすべてのタイトルを奪取してしまう。インターハイ、国体、選抜を3連覇。漫画を超えた存在となった彼らを観るために、試合会場の観客席が埋まった。

 その日本のバスケブームの頂点とも呼ぶべき場所で、田臥は何を考えていたのか。

「バスケットってこれだけ注目してもらえるんだっていう可能性を、学生ながらに感じていましたね。それはもちろんバスケという競技自体の可能性でもあるし、ファッションやストリートへと広がっていくものなんだなと。いろんなきっかけになるものが、バスケットにはたくさんあるんだなって思っていたことを覚えています。

 あの頃、もちろん『SLAM DUNK』もあって、ジョーダンも引退から戻ってきて2度目のスリーピート(3連覇)を達成して、いろんなことが重なった。バスケットにとって大きな時期でしたよね。あのタイミングで自分がバスケをできていたことが、本当にラッキーだったなと思うんです」

“ブーム”があったからこそNBAという夢に手が届いた、という意識があるから田臥は自身の境遇を「ラッキー」と表現するのかもしれない。

【次ページ】 「いろんなものが生まれたんです」

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