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「手作業に勝るものはない」雨続きの甲子園で注目される《阪神園芸》の職人に聞いた、芝もトンボも“ミリの世界”とは?
posted2021/08/19 17:00
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph by
Sankei Shimbun
連日の雨の影響で順延が相次いでいる今年の夏の甲子園。そんな中、迅速なグラウンド整備で注目を集めているのが阪神園芸です。その“舞台裏”に迫った記事を再公開します。(初出:『Sports Graphic Number』885号、2015年9月24日)
広島カープの遊撃手だった高橋慶彦に言われた言葉を、辻啓之介ははっきりと覚えている。
「広島(旧市民球場)は球がどう跳ねるか分からん。それに比べたら甲子園はまっすぐ。こんなとこでエラーしたら恥ずかしい」
「芝が短い方が、野球がおもしろいやろ」
辻は'78年に阪神園芸に入り、'03年までグラウンドキーパーとして甲子園球場の維持管理にあたった。
入社後、最初の大仕事は芝の品種を変えたことだ。当時の甲子園の芝は冬になると枯れていた。「センバツも緑の芝でやらせてあげたい」。辻は師と仰ぐ上司の藤本治一郎と、ゴルフ場のティーグラウンドの芝に目をつけ、一年を通して緑を保つ芝に植え替えた。
芝をどれだけの長さに刈るかは、その時々のチーフが決める。辻の持論では「10mmが最適」だという。
メジャーの芝を見慣れたバースには「なんでこんなに短いんだ?」と驚かれ、外野を守っていた桧山進次郎からは「打球が速い。捕れるはずのボールが捕れない」と愚痴られた。だが辻も譲らなかった。
「長く刈れば緑は濃くなるけど、短い方が球足が速くなって野球がおもしろいやろ。雨に濡れた時にも乾きやすいしな」
グラウンドキーパーはまさに職人芸の世界。ただ水を撒くのでも、任されるようになるまでには年単位の時間を要する。