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“ルートセッター”松島暁人が目指す、
「登れるけど登れない壁」ってなんだ?
text by
津金壱郎Ichiro Tsugane
photograph byMiki Fukano
posted2018/10/24 11:00
仕事の大部分は肉体労働ですよ。
しかも、会場に設置される人工壁はひとつしかないためホールドを貼りっぱなしにはできない。準決勝課題は完成したそばから外していき、次に決勝課題に取り掛かる。それが終われば男子予選課題で、最後に女子予選課題を決めたら、ホールドを付けた状態のまま土曜日の予選スタートを待つ。
「ルートセッターの仕事の大部分は肉体労働ですよ。ホールドは重いし、それを何度も付け替えるし、1本の課題をつくるのに何度も試登をするので体力はすり減っていく。だから、予選が行われている間に体を一度リフレッシュさせて、予選終了後は準決勝課題を調整しながらホールドを付けていきます」
松島さんは淡々と話を進めるが、金曜日の遅い時間まで連日作業をし、土曜日の競技中は休めるものの、予選後19時過ぎから準決勝課題への付け替え作業が始まる。苛酷な日程のなかで予選結果を踏まえて課題に微調整を加えていくのは、並みのモチベーションではつとまるものではない。
「逆に言えば怖いんですよ。だから、微調整する時間がない決勝戦は一番ドキドキしています。ただ、今年のBJCは予選で選手たちがセッター陣の予想を超える強さを見せたので、『これくらいは登ってくるんじゃないか』という気持ちが働いて、準決勝課題を難しく微調整したら、女子の第2課題は完登が3人で、男子は第4課題で完登者ゼロ。いい勉強になりました」
完登させたい気持ちで課題をつくれ。
昨年と今年のW杯ボルダリング八王子、今年のスロバキアでの世界大学選手権や、ロシアでのユース世界選手権など、活躍の場を国際大会にも広げている松島さんは、競技ルートセッターとして「いまが一番おもしろい」と感じているという。
「セッターに専念して4年になりますが、いまが一番おもしろいですね。きっかけは今年8月のユース世界選手権。この大会ではリードを担当したのですが、チーフ・ルートセッターが、ポーランドのアダム・プステリンクさんで、昔からいつかは一緒に仕事をしたいと思っていたんですね。その彼から、『大会は完登者を出してこそだ。選手を完登させたい気持ちで課題をつくれ』とアドバイスされて。その言葉にハッとさせられましたね」
リードは選手が課題に挑めるのは1度だけで、どこまで登れたかの獲得高度で順位が決まる。だが、完登者が多数出ると順位がつかなくなるため、課題の難易度を高く設定して、完登者が出ることよりも、順位をバラけさせることを優先するルートセッターもいる。
「アダムは、『リードは選手も完登したいと思っているし、なにより観客が完登を見たがっている。決勝は理想なら1選手だけが完登できることだけど、2人になっても構わないから』と。完登を出して順位が決まる課題つくりのプロセスや調整の仕方を学べたのが大きかったですね。これはボルダリングにも通じることなので」