One story of the fieldBACK NUMBER
中日・荒木雅博は、なぜ「さよなら」を
言わないのか。それぞれの引き際。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKyodo News
posted2018/10/06 08:00
長年にわたって中日のセカンドを守り続けた荒木雅博。ドラゴンズファンなら彼の貢献度、そして人柄を深く知っているだろう。
落合博満が口にしていた評価。
そして、熊本工に入学し、本当に甲子園に出て、プロ野球選手になってしまった息子を、父はこう言って送り出したという。
「決して有名選手にならんでもええよ。人として立派になってくれれば、それでええよ――」
荒木が自分に野球特待生の話があったことを知ったのは、プロに入って、しばらくしてからだったという。
今から振り返ってみれば、これは荒木という選手を象徴するエピソードだ。
あらためて、ドラゴンズ黄金期の指揮官だった落合博満がこう言っていたのを思い出す。
「俺を一番困らせたのはあいつだよ。自分のことを過大評価する奴の多いこの世界で、あいつは過小評価しているんだから。『お前、自分がどんだけの選手かわかっているのか。この俺が認めてるんだぞ』って言っても、ダメなんだ」
決して自分を過大評価することなく、適正評価すらせず、ひたすら走ってきた。止まったら負ける。そんな恐怖感が彼を突き動かしてきたのだろう。
それは血筋でもある。
緊張感を失ってしまえば……。
荒木が「さよなら」を言わない理由がなんとなくわかる。
きっと口にしてしまえば、走れなくなる。キリキリとした勝負の中にしか存在しない緊張感を失ってしまえば、自分は止まってしまう。そんな思いなのではないだろうか。
それは美学とも言えるし、性分とも言える。
各球場のファンに拍手を送られながら幸せな花道を歩む者もいる。ひっそりと仲間に労われながらバットを置く者もいる。
引き際はそれぞれ美しい。
ただ、最後の最後まで別れを告げない者には、秘めた分だけ胸に迫るものがある。
中日にはあと1試合。本稿執筆時点でまだ、日程の決まっていない本拠地最終戦がある。
荒木はいつ、どんな「さよなら」を告げるのろうか。