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オカダ・カズチカvs.ケニー・オメガ。
IWGP戦、時間無制限3本勝負の真実。

posted2018/05/28 08:00

 
オカダ・カズチカvs.ケニー・オメガ。IWGP戦、時間無制限3本勝負の真実。<Number Web> photograph by Essei Hara

これまでも多くの名勝負を繰り広げてきた2人。アメリカ進出も念頭に、新日本プロレスの新しい時代の扉を開けるか?

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原悦生

原悦生Essei Hara

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Essei Hara

 6月9日、大阪城ホールで行われる新日本プロレスのIWGPヘビー級選手権試合は時間無制限3本勝負で行われる。

 時間無制限はオカダ・カズチカからの、3本勝負はケニー・オメガからの提案によるものだが、この設定そのものが、試合の流れを大きく変える要素になるだろう。

 ルー・テーズや力道山の時代、アメリカや日本でもタイトルマッチと言えば「3本勝負」が主流だった。

 力道山が時間無制限1本勝負で戦ったタイトル戦は、1963年5月、東京体育館でのザ・デストロイヤーとのWWA世界戦だけだった。この試合は64%というお化け視聴率を弾きだしている。

 昔はタイトルマッチというのものは、60分3本勝負が普通で、ちょっと変則的な61分3本勝負というのまであった。

 時間に制限のある3本勝負は、反則負け(当時は反則ではタイトルの移動はなかった)同様に、王者に時間切れによる逃げ切りのチャンスがあったからだ。

 また、この頃の王者保護ルールでは2フォールを奪えなければ、挑戦者はタイトルを奪取できなかった。

G馬場もA猪木も昔は皆3本勝負だった。

 ジャイアント馬場も、アントニオ猪木も、かつてはその多くのタイトルマッチを3本勝負で戦ってきた。「1-1から決勝の3本目」という具合であった。

 猪木が初期のNWF戦で時間無制限1本勝負を戦ったのは、ストロング小林、大木金太郎、ルー・テーズとの戦いだけだった。

 1976年6月のモハメッド・アリとの格闘技世界一戦後は、多くの試合が1本勝負に変わった。見慣れた3本勝負から、“テキサス・デスマッチ・スタイル(3カウントなし、時間無制限1本試合、ギブアップ・KOのみ決着)”の1本勝負に変わっていくときには少し違和感を覚えたものだ。

 ただメキシコのように、いつも時間無制限3本勝負の国もあった。

 猪木は1979年4月にUWAの総本山だったメキシコシティのエル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスで、エル・カネックと地元の流儀に従って、時間無制限3本勝負でNWFの防衛戦を行ったが、2-0で勝利している。2本目を取るまでの合計試合時間は、わずか19分10秒と短かった。

【次ページ】 プロレスを面白くするための3本勝負。

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