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建設現場育ちの“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノ死す。~ビンス・マクマホン・シニアに見出され~
text by

門馬忠雄Tadao Monma
photograph byAFLO
posted2018/05/30 16:00
ジャイアント馬場とは何度も死闘を演じたサンマルチノ。'99年5月に行われた馬場の引退記念試合にも姿を見せた。
“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノ、死す。この悲報が飛び込んできたのは4月19日のことだ。アメリカのメジャー団体WWEが現地時間18日、サンマルチノがピッツバーグで死去と発表した。82歳だった。
日米のマットを股にかけ大活躍した、昭和のプロレス界を飾ったレジェンドだ。元WWF(現WWE)ヘビー級王者の訃報に接し、驚きはなかった。ひとつの時代が終わった。妙な虚脱感だけが残った――。
サンマルチノは1935年10月6日、イタリアのピッツォフェッラート出身。'51年に一家揃ってアメリカ・ピッツバーグに移住。大工の息子であるサンマルチノは終生、この街を離れることはなかった。
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